第17話 関西白味噌 ~なぜ白味噌は、白くて甘いのか?~
第17話 関西白味噌
~なぜ白味噌は、白くて甘いのか?~

人が旅をすると、味噌のつくり方も旅をする。
静岡・駿河から東海道を西へ。
三河では、大豆そのものを麹にする「豆味噌」に出会いました。
そして岡崎・八丁では、大豆を大きな味噌玉にして豆麹をつくり、木桶に仕込み、その上に石を積み、長い時間をかけて熟成させる味噌づくりを見てきました。
濃い赤褐色。
力強い旨味。
豆麹。
低水分。
そして、二夏二冬という長い時間。
ところが――
岡崎からさらに西へ。
京都・関西へ入ると、味噌の姿が一変します。
白い。
そして、
甘い。
同じ「味噌」とは思えないほどの違いです。
花ちゃんも、ひと口なめてびっくり。
「えっ?
これも味噌なの?
どうしてこんなに甘いの?」
今回の全国味噌マップの主人公は、
関西白味噌。
なぜ白味噌は白いのでしょう。
そして、なぜこれほど甘いのでしょう。
その秘密を探しながら、味噌の旅を京都・関西へ進めてみましょう。
八丁味噌から白味噌へ――主役が変わった

まず、前回の八丁味噌と比べてみましょう。
八丁味噌の主役は、
大豆。
蒸した大豆をつぶして味噌玉をつくり、そこに麹菌を育てて豆麹にします。
ところが関西白味噌では、麹の主役が変わります。
米麹です。
京都の白味噌は、一般的な米味噌より米麹の割合が高いのが大きな特徴です。
農林水産省は京都の白味噌について、米麹を多く使い、塩分が低く、甘味が強い味噌として紹介しています。
つまり、
八丁味噌は「大豆を麹にする味噌」。
それに対して、
関西白味噌は「米麹をたっぷり使う味噌」。
旅を少し西へ進めただけなのに、味噌づくりの考え方そのものが大きく変わったのです。
なぜ白味噌は「甘い」の?

白味噌を初めて食べた人が驚くのが、その甘さです。
「砂糖がたくさん入っているの?」
と思う人もいるかもしれません。
しかし、伝統的な白味噌の甘味を生み出す大きな要素は、
米麹です。
米麹には、米のでんぷんを糖へ分解する酵素があります。
白味噌では米麹を多く使うため、その働きによって生まれる糖が、白味噌特有のまったりとした甘味につながります。
京都の老舗・本田味噌本店の「西京白味噌」も、大豆に対して約2倍の米麹を使用し、米麹が醸す甘味を特徴として紹介しています。
麹屋から見ると、ここはとても面白いところです。
米麹の量を変えることで、味噌の性格そのものが変わる。
大豆の旨味を前面に出す味噌から、
米麹の甘味を生かす味噌へ。
白味噌は、
「米麹の甘さを味わう味噌」
ともいえるのです。
甘さのもう一つの秘密――塩が少ない
白味噌の甘さを考えるうえで、もう一つ忘れてはいけないものがあります。
それが、
塩です。
味噌づくりに塩は欠かせません。
ところが白味噌は、一般的な味噌に比べて塩分が低い「甘味噌」の仲間です。
たとえば本田味噌本店の西京白味噌は、塩分を約5%としています。
米麹をたっぷり使う。
そして、塩を少なくする。
そのため塩味よりも、米麹から生まれる甘味を強く感じる味噌になります。
ただし、ここで大切なことがあります。
「白味噌ならすべて米麹○割、塩分○%」という決まった配合があるわけではありません。
蔵元や地域によって、米麹の割合も塩分も製法も異なります。
全国の味噌を旅していると何度も出会いますが、
味噌には、一つだけの正解がありません。
それこそが、味噌文化の面白さなのだと思います。
では、なぜ白味噌は「白い」の?

さて、今回のもう一つの「なぜ?」です。
普通の味噌は熟成が進むにつれて、黄色から赤褐色、さらに濃い褐色へと変化していきます。
それなのに白味噌は、
淡いクリーム色。
どうしてなのでしょう。
実は、白さも一つの理由だけで生まれるわけではありません。
原料の選び方。
大豆の処理。
米の精白。
加熱方法。
そして熟成時間。
いくつもの工夫が重なっています。
関西白味噌では、脱皮した大豆や精白度の高い米を用いる製法があります。
さらに大豆は、色を濃くしにくいよう煮る方法が用いられます。
そして、とても重要なのが、
長く熟成させないこと。
農林水産省が紹介する京都の白味噌では、熟成期間はおよそ1週間から10日ほどとされています。
味噌の色が濃くなる背景には、糖とアミノ酸などが関わる褐変反応があります。
だからこそ、
長期間熟成させず、淡い色のうちに仕上げる。
白味噌の「白さ」は、単に白い材料を使ったからではありません。
白く仕上げるための工夫が積み重なって生まれた色。
なのです。
「長く熟成させない」という発酵の知恵

ここで前回の八丁味噌を思い出してください。
岡崎・八丁町の伝統的な味噌づくりでは、木桶に仕込んだ味噌の上に石を積み、天然醸造で二夏二冬という長い時間をかける蔵があります。
つまり、
時間をかける。
それが八丁味噌の大切な特徴でした。
ところが白味噌は、まるで反対です。
時間をかけすぎない。
長く置けばよいわけではありません。
白味噌では、求める甘さや淡い色を生かすために、比較的短い期間で仕上げます。
これは発酵を仕事にしている私たちにとって、とても興味深いことです。
発酵食品というと、
「長期熟成=良いもの」
と思われることがあります。
でも、必ずしもそうではありません。
発酵は、長さを競うものではない。
つくりたい味に合わせて、時間を使い分けるもの。
八丁味噌は、
時間をかける知恵。
白味噌は、
時間をかけすぎない知恵。
正反対のように見えて、どちらも日本人が発酵と向き合う中で生み出した技術なのです。
なぜ京都で白味噌が育ったのだろう?
ここまで製法を見てきました。
でも全国味噌マップで知りたいのは、それだけではありません。
なぜ、この土地に、この味噌が生まれたのか?
白味噌は京都の食文化と深く結びついています。
農林水産省の資料では、京都の白味噌は平安時代から食べられていたとされ、貴族の食文化をはじめ、やがて茶道や懐石料理、精進料理などとも関わりながら受け継がれてきたと紹介されています。
ここで注目したいのが、
米麹をたっぷり使う
ということです。
かつて米は今以上に貴重な食べ物でした。
その米を麹にして多く使う白味噌。
毎日の保存食という面だけでは説明できない、京都ならではの食文化がそこに見えてきます。
祝いの日。
季節の行事。
寺院。
茶の湯。
料理人たちの技。
京都で育ってきたさまざまな文化と白味噌が結びつき、
「甘く、淡く、上品な味噌」
という個性が磨かれていったのでしょう。
「西京味噌」と「白味噌」は同じなの?
京都へ来ると、もう一つよく聞く名前があります。
西京味噌。
では、
「白味噌=西京味噌」
なのでしょうか。
ここは少し整理しておきましょう。
白味噌は、京都だけにある味噌ではありません。
関西各地をはじめ、香川や徳島などにも甘い白味噌の食文化があります。農林水産省も、白味噌を京都を中心に関西などで親しまれてきた味噌として紹介しています。
一方、「西京味噌」という名称には京都ならではの歴史があります。
本田味噌本店によれば、同店は天保元年(1830年)創業。
明治維新によって江戸が「東京」と呼ばれるようになると、それに対して京都を「西京」と呼ぶことがあり、そこから同店の味噌を「西京味噌」と名付けたと伝えています。
ですから全国味噌マップでは、
「白味噌は京都だけのものではなく、関西や香川などにもそれぞれの白味噌文化があります。その中で、京都の白味噌文化を代表する呼び名として広く知られているのが『西京味噌』『西京白味噌』です。」
このように捉えると分かりやすいでしょう。
京都のお正月は、白味噌で始まる

京都の白味噌文化を象徴する料理があります。
白味噌雑煮です。
京都では、白味噌仕立ての汁に丸餅や里芋、大根などを入れた雑煮がお正月に食べられてきました。
農林水産省の「うちの郷土料理」でも、京都府の白味噌雑煮が紹介されています。
甘い白味噌。
やわらかな丸餅。
里芋や大根。
いつもの味噌汁とはまったく違う、特別な一椀です。
ここで白味噌は、単なる調味料ではありません。
新しい一年を迎えるための味。
つまり、
「ハレの日の味噌」
でもあるのです。
その土地で味噌がどんな場面で食べられてきたのかを見ると、味噌の歴史がぐっと身近になります。
白味噌は「味噌汁だけの味噌」ではない
白味噌の世界を見ていると、もう一つ面白いことに気づきます。
用途がとても広いのです。
白味噌雑煮。
田楽。
酢味噌。
和え物。
味噌漬け。
そして料理だけでなく、和菓子にも使われます。
塩味が穏やかで、米麹由来の甘味を持つ白味噌だからこそできる使い方です。
つまり白味噌は、
味噌汁をつくるためだけの味噌ではありません。
調味料になり、
タレになり、
料理のコクになり、
時には甘味の材料にもなる。
京都・関西の料理文化は、白味噌の個性をさまざまな料理へ広げてきました。
麹屋から見た「関西白味噌」
ここで少し、麹屋の目線から白味噌を見てみましょう。
私たちが白味噌を見て、まず注目するのは、
やはり、
米麹です。
米麹をどれだけ使うのか。
大豆をどう処理するのか。
塩をどこまで抑えるのか。
そして、
どのタイミングで仕上げるのか。
この組み合わせによって、白味噌独特の甘味と淡い色がつくられます。
私たち鈴木こうじ店でも、味噌づくり教室をしていると、
「味噌は長く置いた方がおいしいんですか?」
と聞かれることがあります。
答えは、
つくりたい味噌によって違います。
長期熟成だからこそ生まれる味があります。
一方で、白味噌のように短期間で仕上げるからこそ生まれる味もあります。
発酵は、
時間を長くすればするほど良い、という単純な世界ではない。
そこが面白いところです。
白味噌も「一つの発酵システム」

前回、八丁味噌を、
「一つの発酵システム」
として見てきました。
味噌玉。
豆麹。
低水分。
木桶。
石積み。
季節。
そして時間。
どれか一つだけで八丁味噌になるわけではありません。
では、白味噌はどうでしょう。
白味噌も同じです。
米麹をたっぷり使う。
大豆を淡く仕上げる。
塩を少なくする。
長期間熟成させない。
それぞれがつながり、
甘く、淡い白味噌
という一つの味をつくっています。
つまり、
「白い」と「甘い」は、別々の特徴ではありません。
白味噌のつくり方全体から生まれた、二つの個性なのです。
黒から、白へ。
岡崎で出会った八丁味噌。
京都・関西で出会った白味噌。
二つを並べると、日本の味噌文化の幅の広さがよく分かります。
八丁味噌。
豆麹。
低水分。
石積み。
長期熟成。
濃い赤褐色。
力強い旨味。
そして、
関西白味噌。
たっぷりの米麹。
低塩。
短期熟成。
淡いクリーム色。
まったりとした甘味。
どちらが優れているという話ではありません。
その土地の食文化と、人々の知恵が違うのです。
同じ大豆。
同じ麹菌。
同じ「味噌」という食べ物。
それなのに、
ここまで違う。
だから、日本の味噌を旅するのは面白い。
花ちゃんも、八丁味噌と白味噌を見比べながら一言。
「時間をかける味噌もあれば、
時間をかけすぎない味噌もある。
発酵って、面白いね!」
そう。
味噌づくりは、単なるレシピではありません。
土地と、材料と、人と、時間がつくった食文化です。
そして私たちの味噌の旅は、まだまだ続きます。
人が旅をすると、味噌のつくり方も旅をする。
次回も、日本列島を西へ。
また新しい「なぜ?」を探しに行きましょう。
鈴木こうじ店
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