第15話 三河・豆味噌 ~なぜ三河では、大豆そのものを麹にしたのか?~
【全国味噌マップ・アップデート版】
第15話 三河・豆味噌
~なぜ三河では、大豆そのものを麹にしたのか?~

人が旅をすると、味噌のつくり方も旅をする。
静岡・駿河で「相白味噌」に出会った私たちは、再び東海道を西へ向かいます。
駿河から遠江へ。
浜名湖を越えれば――
そこは、三河です。
現在の愛知県東部。
そして、徳川家康が生まれた岡崎のある土地です。
ところが三河へ入ると、これまでの味噌の旅とは少し様子が変わってきます。
北海道から東北、北陸、信州、江戸、静岡へ。
私たちが旅の途中で何度も見てきたのは、
大豆+米麹。

ところが三河では――
米ではありません。
大豆そのものに麹菌を育てます。
つまり、
大豆 → 豆麹 → 豆味噌
なのです。
花ちゃんも驚きました。
「えっ?
お米を使わないの?」
そう。
ここから、味噌の旅が大きく変わります。
■ 三河に入ると「麹の主役」が変わった
前回の寄り道で、私たちは豆麹について見てきました。
米に麹菌を育てれば、米麹。
麦なら、麦麹。
そして大豆なら、豆麹。
豆味噌は、この豆麹を使ってつくられます。
農林水産省の伝統食資料では、豆味噌について、米や麦を使わず、大豆の全量を麹にする味噌と説明されています。主な地域は愛知・岐阜・三重の東海3県です。
これは全国の味噌を旅してきた私たちにとって、かなり大きな変化です。
静岡の相白味噌では、米麹をたっぷり使いました。
ところが西へ少し進んだ三河では、
大豆そのものを麹にする。
同じ東海道沿いなのに、味噌のつくり方が大きく変わるのです。
■ なぜ三河では「大豆そのもの」を麹にしたのか?

ここが今回の「なぜ?」です。
その背景の一つとして挙げられているのが、
東海地方の高温多湿な気候
です。
農林水産省は、愛知・岐阜・三重の豆味噌について、この地域では夏場が高温多湿になるため、地域の気候に適応した製法として、蒸した大豆を味噌玉にして直接麹菌を付ける技法が発達したと説明しています。
現在の八丁味噌のGI資料でも、愛知県の高温多湿な環境では製麹中に腐敗しやすく、そうした条件のなかで安全に味噌をつくるための味噌玉製法が発達し、天保・弘化・嘉永頃には定着していたとされています。
ただし、ここは少し丁寧に考えたいところです。
「暑いから豆麹になった。」
それだけで説明してしまうと、少し単純すぎます。
気候だけでなく、
大豆という原料、
塩、
水分、
製麹方法、
熟成期間、
その土地の食生活。
それらが重なり合って、東海地方独特の豆味噌文化が育っていったと考える方が自然でしょう。
■ 米麹を「加える」のではなく、大豆全部を麹にする

ここは、麹屋として見ると非常に面白いところです。
一般的な米味噌なら、
蒸した大豆+米麹+塩
です。
つまり、大豆とは別に米麹を用意します。
ところが伝統的な豆味噌では、
大豆そのものを麹にする。
大豆が、
「味噌の原料」であると同時に「麹の原料」
でもあるわけです。
これは大きな違いです。
大豆にはタンパク質が豊富に含まれています。
麹菌がつくるプロテアーゼなどの酵素によって、そのタンパク質が分解され、ペプチドやアミノ酸などへ変化していきます。
そして長い熟成期間を経ることで、豆味噌独特の濃厚な旨味、酸味、渋味、香りが形成されていきます。農林水産省も、豆味噌の特徴を濃厚なコク・酸味・独特の渋味を持つ味わいとして紹介しています。
■ 三河の味噌は「赤い」
出来上がった豆味噌を見ると、その色にも驚きます。
濃い赤褐色。
場合によっては、黒に近く見えるほどです。
でも、
最初から黒いわけではありません。
大豆の成分が分解され、長い時間をかけて熟成する過程で、色も香りも変化していきます。
そして味わいは、
甘いというより、
濃厚な旨味。
適度な酸味。
わずかな渋味や苦味。
これが豆味噌独特の個性です。八丁味噌のGI登録でも、赤褐色の濃い色、適度な酸味、旨味、苦渋味が特徴として挙げられています。
ここで、静岡の相白味噌を思い出してください。
静岡・相白味噌
淡い色
米麹を多く使う
比較的若い熟成
やさしい甘味
そこから東海道を西へ進むと、
三河・豆味噌
濃い赤褐色
大豆そのものを麹にする
長期熟成
濃厚な旨味
ほんの少し旅をしただけなのに、
味噌の世界が、ガラッと変わった。
全国味噌マップのおもしろさは、まさにここにあります。
■ そして「時間」が味をつくる

豆味噌を語るうえでもう一つ欠かせないのが、
時間です。
農林水産省の郷土料理資料では、豆味噌は最低でも1年、長いものでは2~3年熟成させるものとして紹介されています。
ただし、
「豆味噌だから必ず3年」
という意味ではありません。
蔵や製法によって熟成期間は異なります。
重要なのは、豆味噌が比較的長い熟成を通じて、大豆由来の濃厚な味わいを育ててきたということです。
春。
夏。
秋。
冬。
そして、また夏へ。
蔵の中で季節を越えながら、
色が変わり、
香りが変わり、
味が変わっていく。
豆味噌では、時間も一つの材料なのです。
■ 三河武士と豆味噌
そして三河といえば、
徳川家康。
家康は1543年、三河国岡崎城で生まれました。
農林水産省の愛知県伝統食資料では、豆味噌は三河武士の携行食としても重宝されたと紹介されています。
味噌は保存性があり、大豆由来の栄養を含む食品です。
戦国時代の武士にとって、味噌は日々の食事を支える重要な食品だったのでしょう。
ただし、
「家康が豆味噌を食べたから天下を取れた」
というような話まで史実として扱うのは避けたいところです(笑)。
歴史と食文化を結びつけるときは、
分かっていることと、後世の伝承を分けて楽しむ。
全国味噌マップでは、その姿勢で旅を続けたいと思います。
■ 豆味噌は、料理の中でも強い

長期熟成した豆味噌には、もう一つおもしろい特徴があります。
料理に負けない強さがあります。
愛知では豆味噌を使った、
味噌田楽、
味噌おでん、
煮味噌、
味噌煮込みうどん、
などの食文化が育ってきました。農林水産省も、豆味噌を愛知の郷土料理を支える重要な調味料として紹介しています。
煮込んでも存在感がある。
野菜にも合う。
肉にも合う。
豆腐にも合う。
この濃厚な味が、現在の愛知の食文化にもつながっています。
つまり、
豆味噌は単独で存在しているのではなく、その土地の料理と一緒に育ってきた。
これも全国の味噌を旅していると見えてくることです。
■ 豆味噌と八丁味噌は、同じではない

ここで一つ、とても大切な整理をしておきましょう。
よく、
「豆味噌=八丁味噌」
と思われることがあります。
でも、これは少し違います。
豆味噌は、豆麹を使った味噌の大きなカテゴリーです。
愛知・岐阜・三重を中心に、さまざまな豆味噌がつくられてきました。農林水産省の資料にも、八丁味噌、名古屋味噌、三州味噌、たまり味噌などの呼び名が紹介されています。
その豆味噌文化の中に、
八丁味噌
があります。
現在「八丁味噌」は地理的表示(GI)として登録され、生産地は愛知県とされています。
そして岡崎の「八丁」という土地には、さらに深い歴史があります。
でも――。
そこまで行ってしまうと、今回もまた寄り道が始まってしまいます(笑)。
それは次回のお楽しみです。
■ 鈴木こうじ店にも、三河から豆味噌がやってきた
ここで、全国味噌の旅と私たちの店がつながります。
鈴木こうじ店でも、現在、豆麹を使った味噌をつくっています。
きっかけは、
三河から来られたお客様。
その方から教えていただいた仕込みをもとに、私たちの店でもつくるようになりました。
現在の配合は、
豆麹 1kg
米麹 650g
乾燥大豆 1.3kg
塩 600g
出来上がり 約5kg
です。
前回の「豆麹って何?」でもご紹介したように、鈴木こうじ店では粒の大豆に麹菌を育て、粒豆麹をつくります。
豆味噌を仕込む際には、その完成した豆麹をミンサーなどで細かくしてから使います。
そして米麹も加えます。
ですから、これは今回紹介してきた大豆全量を豆麹にする伝統的な豆味噌とは製法が違います。
私たちが大切にしているのは、
「これが三河の唯一の作り方です」
とすることではありません。
むしろ――
三河から静岡へ、味噌のつくり方が旅をしてきた。
そう考えると、とてもおもしろいのです。
誰かが仕込み方を伝え、
別の土地の麹屋がつくり、
また誰かが食べる。
発酵文化は、人と一緒に移動していきます。
■ 麹屋から見た「三河・豆味噌」
今回、三河の豆味噌を改めて見てみると、私が一番おもしろいと思うのは、
「大豆を味噌にする」のではなく、「まず大豆を麹にする」
という発想です。
米麹をつくって、大豆と合わせる。
それが全国で広く見られる味噌づくりです。
ところが三河では、
大豆そのものに麹菌を育てる。
そこから長い時間をかけて熟成させる。
気候に合わせ、
原料に合わせ、
土地の食生活に合わせながら、
その土地ならではの方法が残ってきました。
だから味噌はおもしろい。
同じ日本。
同じ大豆。
同じ麹菌。
なのに、
土地が変われば、味噌のつくり方まで変わる。
■ ところが――まだ一つ、大きな謎が残っています
今回の旅では、
「なぜ三河では大豆そのものを麹にしたのか?」
を見てきました。
ところが豆麹をさらに追いかけて岡崎へ向かうと、不思議な光景に出会います。
蒸した大豆をそのまま粒で製麹するのではありません。
大豆をつぶし、
大きな塊にして、
「味噌玉」
をつくる。
その表面に麹菌を育てるのです。
そして仕込んだ味噌の上には――
大量の石。
なぜ?
なぜ、わざわざ大豆を味噌玉にするのでしょう。
なぜ、味噌の上にあれほど重い石を積むのでしょう。
そして、
なぜ長い年月をかけて熟成させるのでしょう。
その答えを探しに、
次は岡崎へ向かいます。
次回
【第16話 八丁味噌】
~なぜ味噌の上に、3トンもの石を積むのか?~
岡崎城から西へ八丁。
そこで私たちは、巨大な木桶と、その上に円錐形に積まれた石に出会います。
豆麹、味噌玉、木桶、重石、そして二夏二冬――。
それぞれ別々に見えるものが、
実は一つの発酵システムとしてつながっていました。
人が旅をすると、味噌のつくり方も旅をする。
次回は、三河・岡崎。
いよいよ八丁味噌の蔵へ向かいます。
鈴木こうじ店
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