豆麹って何?~一粒の大豆から広がる、発酵の世界~
【全国味噌マップ・ちょっと寄り道】
豆麹って何?
~一粒の大豆から広がる、発酵の世界~

全国の味噌を旅していると、何度も登場するものがあります。
それが、**「麹」**です。
これまで旅してきた北海道、津軽、仙台、会津、佐渡、越後、越中、加賀、信州、江戸、そして静岡。
多くの味噌づくりで主役になっていたのは、米麹でした。
米に麹菌を育てれば、米麹。
麦に麹菌を育てれば、麦麹。
では――
大豆に麹菌を育てたら?
答えは、
豆麹です。
花ちゃんも、ちょっと不思議そうです。
「えっ、大豆も麹になるの?」
そうなんです。
今回は全国味噌の旅を少しだけお休みして、私たち麹屋にとって身近な、
「豆麹の世界」
をのぞいてみたいと思います。

■ 豆麹は「大豆に麹菌を育てたもの」
米麹は、蒸した米に麹菌を育てます。
麦麹は、麦に麹菌を育てます。
そして豆麹は、大豆を原料として麹菌を育てた麹です。
とても単純に聞こえますが、実際に麹をつくってみると、米と大豆ではずいぶん様子が違います。
そもそも米と大豆では、含まれている成分が違います。
米はデンプンを多く含みます。
一方、大豆はタンパク質を豊富に含んでいます。
同じ麹菌を使ったとしても、麹菌が育つ「畑」が違うわけです。
そして、ここが豆麹のおもしろいところ。
豆麹といっても、すべてが同じ姿、同じ作り方ではありません。
この違いは、これから訪れる三河の豆味噌を理解するうえでも大切なポイントになってきます。
■ 鈴木こうじ店では「粒の豆麹」をつくります

私たち鈴木こうじ店でも、豆麹をつくっています。
基本的な流れは、
大豆を浸漬する
↓
大豆を蒸す
↓
適温まで冷ます
↓
種麹を付ける
↓
麹室で育てる
↓
豆麹の完成
です。
私たちの場合、蒸した大豆を大きな塊にはしません。
大豆一粒一粒の形を残したまま、麹菌を育てます。
出来上がった豆麹を見ると、大豆の表面を麹菌が覆っています。
普段、白い米麹を見慣れている方には、
「これも麹なの?」
と思われるかもしれません。
でも、これも立派な麹です。
■ 米麹と豆麹、何が違うの?
ここで少しだけ、発酵の科学のお話です。
麹菌は原料の上で成長しながら、さまざまな酵素をつくります。
たとえば、
デンプンを糖へ分解するアミラーゼ。
タンパク質をペプチドやアミノ酸へ分解するプロテアーゼ。
米にはデンプンが多く、大豆にはタンパク質が多い。
そのため、米麹と豆麹では、その後の発酵食品の味づくりにも違いが生まれてきます。
米麹を使った甘酒が甘くなるのは、米のデンプンが麹の酵素によって糖へ変わるから。
一方、豆味噌では大豆のタンパク質が分解されることで、ペプチドやアミノ酸などが生まれ、濃厚な旨味につながっていきます。
ただし、
「米麹=アミラーゼだけ」
「豆麹=プロテアーゼだけ」
という意味ではありません。
どちらの麹も複数の酵素をつくります。
麹菌の種類、原料、水分、温度、製麹時間などによっても、その働き方は変わります。
麹というものは、知れば知るほど奥が深いのです。
■ 豆麹って、豆味噌だけに使うの?

ここで花ちゃんから、もう一つ質問。
「豆麹って、豆味噌をつくるためだけの麹なの?」
実は、そうではありません。
私たち鈴木こうじ店では、豆麹をさまざまな発酵食品に利用しています。
たとえば、
金山寺味噌。
ひしお。
醤油。
そして豆味噌。
同じ豆麹でも、その後に何と組み合わせるのか。
塩をどのくらい使うのか。
水分をどのくらい加えるのか。
どのくらいの時間、発酵・熟成させるのか。
それによって、まったく違う発酵食品になっていきます。
つまり豆麹は、
発酵食品になる前の「出発点」
でもあるのです。
■ 一粒の豆麹から、発酵の世界が枝分かれする
豆麹を一本の木にたとえてみましょう。
根元にあるのは、
大豆+麹菌。
そこから枝が伸びて、
金山寺味噌へ。
別の枝は、
ひしおへ。
さらに、
醤油へ。
そして、
豆味噌へ。
もちろん、それぞれの発酵食品が豆麹だけでできているわけではありません。
米麹や麦麹を組み合わせたり、塩水を加えたり、野菜などの材料を加えたりします。
でも、その中で豆麹は大切な役割を担っています。
同じ一粒の大豆からつくった麹なのに、仕込み方が変われば、まったく違う味になる。
これこそ発酵のおもしろさです。
■ そして浜松には「浜納豆」がある
豆麹を追いかけていると、静岡県内にも、とてもおもしろい発酵食品があります。
浜松の、

浜納豆。
「納豆」という名前ですが、スーパーでよく見る糸を引く納豆とは違います。
浜納豆は、寺納豆・塩辛納豆の系統にある、大豆を麹菌で発酵させて塩とともに熟成させる発酵食品です。
浜松には古くからこの発酵文化が伝わり、徳川家康が好んだとも伝えられています。
家康との関係については伝承を含むため、史実として断定することはできません。
それでも、家康が生きた時代から続く東海地方の大豆発酵文化を考えるうえで、とても興味深い食品です。
■ 実は今、浜納豆を実験しています
そして現在、鈴木こうじ店でも――
浜納豆づくりを実験中です。
蒸した大豆に**ハッタイ(麦の粉)**を合わせ、麹菌を付けて豆麹をつくり、塩などと仕込み、生姜を加えて、約一年かけて熟成させています。
まだ仕込んでいる途中です。
ですから、
「おいしい浜納豆ができました!」
とは、まだ言えません(笑)。
うまくいくかもしれません。
思っていたものとは違うものになるかもしれません。
それも含めて実験です。
発酵食品のおもしろさは、仕込んだその日に答えが出ないこと。
麹菌が働き、
酵素が働き、
微生物が働き、
そして季節が巡る。
人間にできるのは、環境を整えて――
待つこと。
結果が分からないから、発酵はおもしろい。
約一年後。
どんな浜納豆になっているのか。
また、このブログでご報告したいと思います。
■ そして豆麹は「豆味噌」へ
さて、そろそろ全国味噌の旅へ戻りましょう。
豆麹を使った代表的な発酵食品の一つが、
豆味噌です。
私たち鈴木こうじ店でも豆味噌をつくっています。
現在の配合は、
豆麹 1kg
米麹 650g
乾燥大豆 1.3kg
塩 600g
出来上がりは、約5kgです。
この仕込みは、以前、三河のお客様から教えていただいた作り方をもとにしています。
ここにも、麹屋ならではのおもしろい工程があります。
鈴木こうじ店では、粒の状態で豆麹をつくりますが、豆味噌を仕込むときには、
出来上がった粒豆麹をミンサーなどで細かくしてから仕込みます。
そこへ米麹も加えます。
米麹由来のさまざまな酵素も加わることで、大豆成分の分解や味づくりを助ける、という考え方です。
ただし、この配合を、
「三河豆味噌の伝統的な配合」
として紹介するつもりはありません。
八丁味噌とも製法が違います。
三河のお客様から教えていただいた仕込みをもとに、静岡の麹屋で現在もつくっている一つの豆麹利用の形です。
■ 同じ豆麹なのに、三河へ行くと姿が変わる
ここからが、次の旅への入口です。
鈴木こうじ店では、
蒸した大豆を粒の状態で豆麹にします。
ところが三河の伝統的な豆味噌、特に岡崎・八丁の製法を見てみると、違った姿の豆麹が登場します。
蒸した大豆をまとめて、
「味噌玉」
をつくるのです。
そして、その味噌玉に麹菌を繁殖させ、豆麹にします。
つまり――
鈴木こうじ店
蒸し大豆
↓
粒のまま製麹
↓
粒豆麹
↓
用途に応じて加工
それに対して、
伝統的な八丁味噌
蒸し大豆
↓
味噌玉をつくる
↓
製麹
↓
豆麹
↓
味噌へ
同じ大豆。
同じ麹菌。
同じ「豆麹」。
それなのに、
麹菌に渡す大豆の「形」が違う。
なぜなのでしょう?
なぜ三河では、わざわざ蒸した大豆を味噌玉にしてから麹菌を育てる方法が発達したのでしょう?
そこには、東海地方の気候と、昔の人たちの発酵の知恵が隠れていました。
■ 花ちゃんの一言
「豆麹って、豆味噌だけじゃなかったんだ!」
そうなんです。
大豆に麹菌を育てた、一粒の豆麹。
そこから、
金山寺味噌になり、
ひしおになり、
醤油になり、
浜納豆になり、
そして豆味噌になる。
一粒の大豆から、発酵の世界は枝分かれしていく。
今回、豆麹を改めて見つめてみて、そのおもしろさを再発見しました。
■ 麹屋から見た「豆麹」
米麹。
麦麹。
豆麹。
どれも同じ「麹」ですが、原料が変われば、麹菌が育つ環境が変わります。
そこでつくられる酵素の働きも変わり、その先に生まれる発酵食品も変わっていきます。
私たち麹屋にとって、
麹をつくることは、ゴールではありません。
その麹を、
何と合わせるのか。
どのくらい塩を使うのか。
どのくらい水分を与えるのか。
そして、
どれだけ待つのか。
そこから発酵食品の個性が生まれてきます。
だから私は、こう思います。
麹は、発酵のスタート地点。
豆麹を見ていると、そのことがよく分かります。

■ 次回、東海道をさらに西へ
寄り道は、このくらいにして。
全国味噌の旅へ戻りましょう。
静岡から東海道を西へ。
駿河から遠江を越え――
次はいよいよ、
三河。
徳川家康が生まれた土地です。
そこで出会うのは、これまで旅してきた米味噌とはまったく違う、
豆麹を主役にした味噌文化。
なぜ三河では、大豆そのものを麹にする味噌が育ったのでしょう?
そして――
なぜ蒸した大豆を、わざわざ「味噌玉」にするのでしょう?
次回
【第15話 三河・豆味噌】
~なぜ三河では、大豆そのものを麹にしたのか?~
人が旅をすると、味噌のつくり方も旅をする。
今度は静岡から、三河へ向かいます。
鈴木こうじ店
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