第10話 越中味噌 ~北陸の米どころが育てた、麹の香る味噌~

【第2章 日本海と山国の味噌】

第10話 越中味噌

~北陸の米どころが育てた、麹の香る味噌~

越後・新潟をあとにして、

日本海沿いを、さらに西へ。

次にやってきたのは、

越中・富山です。

目の前には、3,000メートル級の山々が連なる立山連峰。

冬、山にはたくさんの雪が積もります。

春になると、その雪はゆっくりと解け、

川となり、

平野を潤し、

田んぼへ流れていきます。

山。

雪。

水。

田んぼ。

米。

前回訪ねた越後と、どこか似ています。

ところが味噌を調べてみると、

また違った表情が見えてきました。

今回の「なぜ?」は、

同じ米どころなのに、越後味噌と越中味噌は何が違うの?

です。


花ちゃん、富山へ

立山連峰を眺めながら、

花ちゃんが言います。

「ここも、お米がたくさん採れるところだよね。」

その通り。

富山県は三方を山に囲まれ、立山連峰などから流れ出す急流河川が扇状地をつくり、富山平野や砺波平野などの豊かな農地を育ててきました。

農林水産省も、富山を豊かな水に恵まれた米どころとして紹介しています。

米を食べる。

米から酒をつくる。

そして、

米から麹をつくる。

ここにも、米と発酵の文化がありました。


越中味噌も「米麹」の味噌

越中味噌は、

大豆・米麹・塩

からつくられる米味噌です。

ここだけを見ると、

前回の越後味噌と同じです。

ところが富山の伝統的な米こうじ味噌について調べると、

とても興味深い特徴が出てきます。

農林水産省は、

水分が多い。

やや塩分が高い。

麹歩合が高い。

ことを、富山の味噌の特徴として紹介しています。

麹屋としては、

やっぱり気になるのが、

「麹歩合が高い」

というところです。


「麹歩合が高いって、どういうこと?」

花ちゃんから質問です。

味噌づくりでいう「麹歩合」とは、

簡単にいうと、

大豆に対して、どれくらいの麹を使うか

という数字です。

大豆10に対して米麹10なら、

10割麹。

大豆10に対して米麹12なら、

12割麹。

米麹を多く使えば必ず甘い味噌になる、という単純なものではありません。

塩分。

水分。

温度。

熟成期間。

それらによっても味は変わります。

でも、米麹の割合が増えれば、

米由来の甘味や香り、

そして麹の存在感が、

味噌の個性として現れやすくなります。

だから今回、

越中味噌の副題を、

「北陸の米どころが育てた、麹の香る味噌」

としました。


昔の越中味噌は、とても柔らかかった

さらに調べていくと、

もっと面白いことが分かりました。

富山の山元醸造が紹介する昔ながらの富山味噌は、

水分が多く、塩分が高く、麹歩合も高い。

さらに、

2~3年という長い時間をかけて熟成

させる味噌だったとされています。

同社が紹介する昔ながらのタイプでは、

塩分約16%、水分約60%

という数字も示されています。

現在の味噌から考えると、

かなり水分の多い味噌です。

昔は味噌を買いに行くとき、

容器を持っていき、

柔らかな味噌をすくって分けてもらった――

そんな話も残っています。

味噌を「切る」のではなく、

お玉ですくうような味噌。

今の味噌売り場からは、

なかなか想像できませんね。


なぜ、そんなに柔らかかったの?

ここに、

越中味噌のとても面白い知恵があります。

昔の富山では、

大豆を煮て味噌を仕込みました。

そして、

大豆を煮た煮汁も捨てずに、仕込みへ戻した。

煮大豆。

米麹。

塩。

そして、

大豆の煮汁。

これらを合わせて仕込むため、

水分の多い柔らかな味噌になります。

しかも重い重石をするのではなく、

落とし蓋程度で熟成させた例も紹介されています。

ここで私は、

思わず立ち止まってしまいました。

私たちは味噌を仕込むとき、

どうしても、

「大豆」

「麹」

「塩」

という三つの材料に目が行きます。

でも昔の人は、

大豆を煮た「水」まで、味噌の材料として生かしていた。

のです。


大豆の煮汁から生まれる「みそだまり」

水分の多い味噌を長く熟成させると、

味噌から液体がにじみ出てきます。

それが、

みそだまり。

昔の越中味噌では、

このみそだまりも多く取れ、

醤油のように利用されていたと伝えられています。

大豆を煮た水を、

捨てずに味噌へ戻す。

その味噌を、

時間をかけて熟成させる。

すると、

今度は味噌から、

旨味を含んだ液体が生まれてくる。

水が味噌に入り、

味噌から、また旨味の水が生まれる。

発酵って、

本当に面白いですね。


ちょっと寄り道

「大豆の煮汁も、発酵の材料だった?」

この話を調べていて、

私は以前、

味噌づくり教室に千葉から参加された方に教えていただいた、

「とうぞ(豆造)」

を思い出しました。

千葉県の房総地域などに伝わる発酵食品で、

地域や家庭によってつくり方は異なりますが、

大豆の煮汁を生かし、麹や大豆などを加えて発酵させる

ものが知られています。

富山の越中味噌と、

千葉のとうぞ。

この二つに歴史的なつながりがある、

という意味ではありません。

でも、

遠く離れた二つの土地に、

「大豆の煮汁まで無駄にしない」

という似た発酵の知恵が残っている。

これは、とても興味深いことです。

昔の人にとって、

大豆の煮汁は、

「捨てる水」ではなく、「旨味の残った水」

だったのかもしれません。

ちょっと寄り道しました。

富山へ戻りましょう。


越中味噌には「3つの顔」がある

富山の米こうじ味噌には、

仕上げ方によって、

こし味噌

つぶ味噌

浮こうじ味噌

があります。

こし味噌

出来上がった味噌をこし、

なめらかに仕上げます。

つぶ味噌

大豆や米麹の粒を残して、

食感も楽しみます。

浮こうじ味噌

大豆はこしても、

米麹の粒を残す。

味噌汁にすると、

米麹の粒が見えてきます。


花ちゃん「あれ?これ、前にも見たよ!」

そうです。

前回訪ねた、

越後味噌。

越後味噌の代表的な特徴も、

「浮き麹」でした。

新潟から富山へ。

隣り合う二つの米どころで、

米麹の粒を生かした味噌文化

に出会ったことになります。

ただし、

越後の浮き麹が富山へ伝わった、

と単純に結びつける資料は確認できません。

ここでは、

「似ているけれど、同じではない。」

その違いを楽しみたいと思います。


現在の富山にも「12割麹」が生きている

では、

昔の話だけなのでしょうか。

現在の富山の味噌蔵を調べてみると、

ここにも面白い数字がありました。

12割麹。

大豆10に対して、

米麹12。

現在の杉野味噌醤油の「こだわり無添加越中みそ」は、

12割麹。

富山県産大豆と北陸産米を使い、

麹粒を残した味噌としてつくられています。

山元醸造の「雪日本」も、

12割麹。

1年以上天然醸造し、

食塩相当量は100gあたり11.4gと表示されています。

昔の越中味噌を、

そのまま現在につくっているわけではありません。

塩分も水分も、

現代の食生活に合わせて変化しています。

それでも、

「米麹をたっぷり使う」

という越中味噌の特徴は、

今の味噌蔵にも見ることができます。


富山の麹屋が使う「丸米」

もう一つ、

麹屋として興味深かったのが、

南日味噌醤油です。

同社は麹づくりについて、

富山県産米を使い、普段ご飯として食べるものと同品質の丸米を使用する

と説明しています。

そして、

米を蒸し、

種麹をつけ、

およそ3日かけて米麹をつくります。

前回の越後味噌でも、

「丸米」が登場しました。

越後では、

米麹の粒をきれいに残すための丸米。

そして富山でも、

現在の麹屋が、

丸米から米麹をつくっている。

味噌の旅をしていると、

同じ言葉が、

違う土地で何度もつながってきます。


昔は、家庭が味噌蔵だった

農林水産省によると、

昔の富山では家庭で味噌を仕込む、

いわゆる**「手前味噌」**が一般的でした。

そのため各地に麹屋があり、

家庭は麹屋から麹を買って、

自分たちの味噌を仕込みました。

麹屋が麹をつくる。

家庭が味噌を仕込む。

そして、

一年の食卓を支える。

これは、

静岡の麹屋にいる私にも、

とても身近に感じる風景です。

麹屋は、発酵文化のスタート地点。

富山にも、

そんな時代がありました。


越中味噌と「よごし」

富山の家庭料理も、

一つ紹介しましょう。

よごし。

大根葉やなす、里芋の葉など、

その季節にある野菜をゆでたり炒めたりして、

細かく刻み、

味噌などで味付けします。

特に砺波地方を中心に伝わる郷土料理です。

畑にある野菜。

家にある味噌。

そして、

炊きたてのご飯。

決して豪華な料理ではありません。

でも私は、

こういう料理にこそ、

味噌が暮らしの中にあった証

を見るような気がします。


山から海へ――げんげの味噌汁

富山湾には、

「げんげ」という深海魚がいます。

ゼラチン質の多い独特の魚で、

富山では味噌汁などでも食べられてきました。

考えてみると、

面白いですね。

立山の雪が解ける。

水が田んぼへ流れる。

米が育つ。

米から麹が生まれる。

麹と大豆が出会って、

味噌になる。

そしてその味噌が、

富山湾の魚と出会う。

山・水・田んぼ・麹・味噌・海。

富山の風景が、

一杯の味噌汁の中でつながります。


‍ 麹屋から見た越中味噌

今回、

越中味噌を調べて、

私が一番面白いと思ったのは、

単に、

「麹歩合が高い」

ということではありませんでした。

大豆を煮る。

煮汁を捨てない。

米麹を多く使う。

水分を多めに仕込む。

そして、

長い時間をかけて熟成させる。

つまり、

越中味噌には、

「材料を余すことなく、時間に任せる」

という発酵の知恵が見えてきます。

これは、

現代の味噌づくりにも、

何か大切なことを教えてくれているように思います。


全国味噌マップ No.09

越中味噌

地域 富山県

種類 米味噌

麹 米麹

色 赤色~赤褐色系を含む

味 伝統的には塩分高め

麹歩合 伝統的に高い傾向。現在も12割麹の商品例あり

水分 伝統的には多め

仕上げ こし・つぶ・浮こうじ

熟成 昔ながらのタイプでは2~3年という例も

土地 立山連峰・雪解け水・扇状地・米どころ

食文化 よごし・げんげの味噌汁

キーワード 米・水・米麹・高麹歩合・煮汁・長期熟成・みそだまり

※富山県内でも地域、家庭、蔵元によって麹歩合、塩分、水分、熟成期間などは異なります。ここでは伝統資料と現在の蔵元の例から、代表的な特徴を紹介しています。


麹屋がおすすめする「越中味噌」

昔の越中味噌を、

そのまま現代の家庭で再現する必要はないと思います。

大切なのは、

昔の仕込みに込められていた、

「その土地の知恵」

を残すこと。

そこで今回、

鈴木こうじ店で家庭向けに仕込むなら、

私はこんな配合を考えます。

【鈴木こうじ店おすすめ・越中味噌】

乾燥大豆 1kg

生米麹 1.2kg

塩 500g

大豆の煮汁 適量

麹歩合は、

12割。

大豆は蒸さず、

今回はあえて煮ます。

そして、

煮汁を全部捨てずに取っておきます。

煮大豆を潰し、

米麹と塩を合わせ、

仕込みの硬さを見ながら、

煮汁を少しずつ戻します。

目指すのは、

普段の味噌より、

ほんの少し柔らかめ。

そして、

急いで食べません。

春。

夏。

秋。

冬。

四季を一巡させ、

約1年。

昔の塩分約16%・水分約60%の越中味噌をそのまま再現するのではなく、

現在の家庭でも仕込みやすく、

食べやすい形にした、

麹屋からの提案です。

今回のポイントは、

「米麹を多めに使い、大豆の煮汁も生かし、時間をかけて育てる。」

これを、

鈴木こうじ店版・越中味噌のテーマにしたいと思います。


そして、麹屋の実験は続く

ここまで調べると、

また試してみたくなります。

同じ大豆。

同じ米麹。

同じ塩。

でも、

大豆の煮汁の量だけを変えたら、味噌はどう変わるのでしょう。

煮汁100ml。

200ml。

300ml。

水分量。

pH。

糖度。

色。

香り。

みそだまりの量。

時間とともに、

どんな違いが生まれるのか。

これはいつか、

実際に仕込んで確かめてみたいと思います。

全国味噌マップの旅が、

いつの間にか、

私たちが続けている

「発酵と水」

の研究にもつながってきました。

味噌を調べれば調べるほど、

水が見えてくる。

これもまた、

発酵の面白さです。


花ちゃん、立山を振り返る

富山を離れる前、

花ちゃんが、

雪をかぶった立山連峰を見上げています。

山に雪が降る。

雪が解ける。

水になる。

田んぼを潤す。

米が育つ。

米から麹が生まれる。

大豆を煮る。

その煮汁まで味噌に使う。

そして、

時間が味噌を育てる。

花ちゃんが言いました。

「お水も、お米も、大豆も、ぜんぶ味噌の中にいるんだね。」

そう。

越中味噌を調べて、

今回見つけた言葉は、

「米が育ち、麹が生まれ、時間が味噌を育てる。」

そしてもう一つ。

「越中味噌は、麹と水の知恵が残る味噌。」


次の旅は、加賀へ

立山連峰をあとにして、

旅はさらに日本海を西へ向かいます。

次は、

石川県・加賀。

北陸の城下町で、

また新しい赤味噌に出会います。

【第2章 日本海と山国の味噌】

第11話 加賀味噌

~城下町と米麹が育てた、北陸の赤味噌~

同じ日本海。

同じ米味噌。

それなのに、

土地が変われば、

味噌も変わる。

日本の味噌を、もう一度旅してみよう。


鈴木こうじ店

創業百五十余年の伝統と職人の技術で、皆様の美味しい発酵ライフをサポートいたします。

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