ちょっと寄り道! 味噌づくりに、なぜ「大豆」が欠かせないの?

【全国味噌マップ・ちょっと寄り道】

味噌づくりに、なぜ「大豆」が欠かせないの?

~江戸時代の大豆から、北海道産大豆の時代へ~

佐渡味噌の旅をしている途中で、私はふと一つの疑問を持ちました。

「昔の味噌屋さんは、どこの大豆を使っていたのだろう?」

佐渡では米をつくり、大豆も育て、家庭で味噌を仕込む暮らしがありました。

一方で、海は「壁」ではなく「道」でした。

北前船によって人や物が行き交い、佐渡の味噌も北海道へ渡っていった。

では、その味噌に欠かせない大豆そのものは、どんな歴史を歩んできたのでしょう。

今回は全国味噌の旅をちょっとだけお休みして、

「大豆の旅」

をしてみたいと思います。


小さな一粒から、味噌が始まる

味噌の材料は、とてもシンプルです。

大豆。

麹。

塩。

米味噌なら米麹。

麦味噌なら麦麹。

豆味噌なら豆麹。

地域によって麹は変わります。

でも、多くの味噌の中心にあるのが、

大豆です。

大豆と日本人との付き合いは非常に古く、農林水産省では弥生時代には日本で栽培されていたと紹介しています。奈良時代の『風土記』には、水田の畦に大豆を植える様子も記されています。

つまり、日本人はずっと昔から大豆を育て、食べてきました。

そして、その小さな豆から、

豆腐。

納豆。

醤油。

そして、

味噌。

日本を代表する食文化が生まれていきました。


田んぼの横に、大豆があった

昔の農村を想像してみましょう。

田んぼには米。

その畦には大豆。

畑でも大豆を育てる。

収穫した米の一部から麹をつくり、

大豆を煮たり蒸したりして、

塩と合わせる。

そして、

家の味噌桶へ。

今のようにスーパーへ行けば一年中味噌が買える時代ではありません。

その土地で採れたものを使い、

その家で一年分の味噌を仕込む。

農林水産省の資料によると、中世になると大豆の生産量が増え、寺院だけでなく農村でも自家製味噌がつくられるようになりました。

味噌は特別な食品から、

少しずつ、

暮らしの中の食べ物

になっていったのです。


江戸時代、大豆はどこから来たのだろう?

そして江戸時代。

人口が増え、

城下町が発展し、

味噌を専門につくる味噌屋も各地に現れます。

今回の旅でも、

仙台。

会津。

佐渡。

さまざまな土地で、味噌と町の発展を見てきました。

ここで考えてみたいのが、

「その大豆は、どこから来たの?」

ということです。

現代なら、

北海道産。

宮城県産。

新潟県産。

あるいは外国産。

必要な大豆を全国、さらには海外から調達できます。

しかし江戸時代は違います。

農村では、自分たちの地域で育てた大豆を味噌にする。

都市や城下町では、近郊農村から大豆を集める。

さらに水運や街道が発達すると、遠くの産地からも物資が運ばれてくる。

つまり、

その土地の農業と、その時代の物流。

その両方が、

味噌の味をつくっていた

と考えると面白いのです。


人だけでなく、大豆も旅をする

佐渡編で、

「人が海を渡ると、味噌も旅をする。」

という話をしました。

でも大豆を調べていくと、もう一つの旅が見えてきます。

農村で収穫された大豆が、

町へ運ばれる。

港へ運ばれる。

船に積まれる。

そして遠くの味噌屋へ。

交通や流通が発達するにつれて、

味噌づくりは必ずしも、

「その土地で採れた大豆だけでつくるもの」

ではなくなっていきます。

だから今回の寄り道では、こんな言葉も残しておきたいと思います。

「味噌が旅をする前に、大豆も旅をしていた。」


そもそも、大豆は味噌の中で何をしているの?

ここから少し、

麹屋の話

をしましょう。

大豆を水に浸します。

十分に水を吸った大豆を、

蒸したり煮たりします。

やわらかくなった大豆を潰し、

麹と塩を合わせる。

そして時間をかけて熟成させます。

その間、

桶の中ではさまざまな変化が起こっています。

大豆には、

たんぱく質

が豊富に含まれています。

そこへ麹が加わります。

麹がつくり出す酵素によって、大豆のたんぱく質はペプチドやアミノ酸へと分解されていきます。

そのアミノ酸などが、

味噌の旨味や味わいをつくる大切な要素になっていきます。

簡単に表すなら、

大豆のたんぱく質

  ↓

麹の酵素が働く

  ↓

ペプチド・アミノ酸へ

  ↓

味噌の旨味へ。

だから私は、味噌教室でもこんなふうに説明したいと思っています。

「大豆は、味噌の旨味の土台。」


花ちゃんの「なるほど!」

花ちゃんが、大豆を一粒手に取りました。

「こんな小さな豆の中に、味噌の旨味のもとが入っているんだ!」

そうなんです。

でも、

大豆だけでは味噌にはなりません。

大豆があり、

麹があり、

塩があり、

そして時間がある。

大豆と麹が出会うから、味噌になる。

これが発酵の面白いところです。


「大豆なら、何でも同じ」ではありません

ここからは、長年味噌を仕込んできた麹屋として、とても大切にしているところです。

大豆は、

どれも同じではありません。

品種が違えば、

粒の大きさも違います。

水の吸い方も違います。

たんぱく質、脂質、糖などの成分も違います。

そして、

蒸し上がりも違います。

北海道産大豆を調べた研究でも、品種や栽培年によって、たんぱく質・脂質・全糖などの成分や吸水性に違いが確認されています。

これは、実際に大豆を扱っているとよく分かります。

袋から大豆を出す。

洗う。

水に浸す。

翌朝、大きく膨らんだ豆を見る。

蒸し上がった豆を指で潰してみる。

その瞬間、

「今年の大豆はこんな感じだな」

と感じることがあります。

数字だけでは分からない、

手の感覚

があります。


❄️ そして、北海道へ

ここで大豆の旅は、

再び北海道へ向かいます。

現在、日本で国産大豆の最大産地となっているのが、

北海道です。

2024年産では、全国の大豆収穫量25万2,400トンのうち、北海道は13万2,400トン。

計算すると、

全国のおよそ52.5%。

国産大豆の半分以上を、北海道が生産したことになります。

これは、全国味噌マップをつくっている私にとっても、とても印象的な数字です。

昔は、それぞれの地域で大豆を育て、味噌を仕込んだ。

しかし現代では、

北海道が国産大豆の供給を支える非常に大きな産地

になっています。


なぜ北海道で、大豆づくりが発展したの?

「北海道は寒暖差が大きいから、おいしい大豆ができる。」

そんな説明を目にすることがあります。

私自身も長年北海道産大豆を使っていて、その品質には魅力を感じています。

ただし、ここは少し丁寧に考えたいところです。

北海道の大豆生産を支えているのは、

気候だけではありません。

広い農地。

大規模な畑作。

機械化。

栽培技術。

そして、

北海道の環境に適した品種改良。

こうしたものが積み重なっています。

代表的な品種の一つが、

「ユキホマレ」。

北海道立総合研究機構によると、ユキホマレは低温抵抗性や病害抵抗性を持ち、コンバイン収穫にも適した白目中粒大豆として育成されました。

そして加工適性では、

煮豆・納豆だけでなく、味噌にも適する

と評価されています。

さらにその後、病害への抵抗性を高めた「ユキホマレR」なども育成されました。

北海道の大豆づくりは、

自然条件だけでなく、人の技術にも支えられている。

ここも大切なところです。


️ 「寒暖差」と大豆をどう考える?

ここは、私自身が今回ぜひ書いておきたいところです。

私は長年大豆を扱ってきた経験から、

寒暖の変化が大きい北海道で育った大豆には魅力がある

と感じています。

実際、北海道産大豆の研究では、登熟期の気温が違った年を比較すると、脂質や全糖の含有率に違いが見られています。

ただ、

「寒暖差が大きければ、必ず味噌に良い大豆になる」

とまでは言えません。

大豆の品質を決めるのは、

気温だけではないからです。

品種。

土壌。

天候。

栽培方法。

収穫時期。

乾燥。

保管。

さまざまな条件が重なります。

ですから、

研究で分かっていることと、

麹屋として長年使って感じてきたこと。

この二つは、きちんと分けてお伝えしたいと思います。


鈴木こうじ店が、北海道産大豆を使い続ける理由

ここからは、

統計でも研究論文でもありません。

私自身の経験の話です。

鈴木こうじ店では、長年、

北海道産大豆だけを使って味噌を仕込んできました。

毎年、

大豆を洗う。

水に浸す。

蒸す。

潰す。

麹と合わせる。

味噌桶へ入れる。

そして熟成を待つ。

何十年も同じ作業を繰り返していると、

大豆を手にしただけで感じるものがあります。

粒の揃い方。

水を吸ったときの膨らみ。

蒸したときのやわらかさ。

潰したときの感触。

そして、

口に入れたときの甘み。

味噌になったときの旨味。

私が北海道産大豆を使い続けてきたのは、

「北海道産だから」という名前だけではありません。

実際に仕込んできて、良いと感じてきたからです。

これは分析値では表しきれない、

麹屋として積み重ねてきた経験値です。


北海道産なら、全部同じ?

これも違います。

北海道の中にも、

いろいろな大豆があります。

先ほど紹介した、

ユキホマレ。

さらに、

ゆきぴりか。

北海道立総合研究機構によると、ゆきぴりかは高いイソフラボン含量を特徴とし、味噌を含む複数の大豆加工品への適性が確認されています。

つまりこれから大豆を見るときは、

「国産大豆」

だけでなく、

「北海道産大豆」

さらに、

「何という品種なのか?」

まで見ていくと、

味噌づくりはもっと面白くなります。


これは、ちょっと実験してみたくなる

同じ米麹。

同じ塩。

同じ水。

同じ麹歩合。

同じ塩分。

同じ熟成環境。

変えるのは、

大豆の品種だけ。

ユキホマレ。

別の北海道産大豆。

あるいは本州の大豆。

吸水率はどう違う?

蒸し上がりは?

糖度は?

熟成後の色は?

香りは?

旨味は?

こうして考えていると、

全国味噌マップから、また新しい実験が始まりそうです。

麹屋という仕事は、

本当に面白いものです。


でも、日本の大豆事情にはもう一つの現実があります

ここで少し視点を広げましょう。

北海道が国産大豆の大産地だからといって、

日本で使われている大豆の半分以上が北海道産

という意味ではありません。

日本では食用だけでなく、油を搾るためにも大量の大豆が使われています。

そのため、日本全体で見ると、大豆の需要の多くを輸入に頼っています。

つまり、

国産大豆の中では北海道が圧倒的に大きい。

一方で、

日本の大豆需要全体では海外産も非常に大きな存在。

この二つは分けて考える必要があります。

だからこそ、

国産大豆を使って味噌をつくるということは、

日本の農業と味噌文化のつながりを考えることでもあるのだと思います。


花ちゃん、大豆を一粒手に取る

「味噌の旅をしていたのに、今度は大豆の旅になっちゃったね!」

そうなんです。

でも、

寄り道してみたからこそ分かったことがあります。

味噌は突然生まれるわけではありません。

畑で、

大豆を育てる人がいる。

田んぼで、

米を育てる人がいる。

その米から、

麹をつくる人がいる。

塩をつくる人がいる。

そして、

それらを合わせて味噌を仕込む人がいる。

畑から味噌桶まで、全部つながっている。


麹屋から見た「大豆」

全国の味噌を旅していると、

地域ごとの違いに目が向きます。

白味噌。

赤味噌。

甘口。

辛口。

米味噌。

麦味噌。

豆味噌。

でも、その味噌の奥には、

いつも、

大豆があります。

昔は、

その土地で大豆を育て、

その土地で麹をつくり、

その土地で味噌を仕込んだ。

やがて街道ができ、

船が行き交い、

人と物が動くようになると、

大豆も旅をするようになった。

そして現代。

国産大豆の大きな産地となった北海道から、

日本各地へ大豆が届けられています。

私たちの味噌蔵にも、

北海道から大豆がやってきます。

その一粒一粒を蒸しながら、

昔の麹屋も、

こんなふうに大豆を見ていたのだろうか。

そんなことを考えます。

今回の寄り道で見つけた言葉は、

二つです。

「大豆は、味噌の旨味の土台。」

そして、

「味噌が旅をする前に、大豆も旅をしていた。」


さあ、味噌の旅へ戻りましょう

大豆のことが少し分かったところで、

寄り道はここまで。

もう一度、日本海へ戻ります。

佐渡から海を渡り、

次に向かうのは、

新潟・越後。

そこは、

日本を代表する米どころ。

大豆の次に登場するのは、

今度は、

米です。

次回、

【第2章 日本海と山国の味噌】

第9話 越後味噌

~米どころ新潟が育てた、米粒の見える赤味噌~

大豆と米。

二つが麹の力で出会ったとき、

また新しい味噌の物語が始まります。

日本の味噌を、もう一度旅してみよう。


鈴木こうじ店

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