第6話 仙台味噌~伊達政宗とともに育った、武将の味噌~
【第1章 北国の味噌】
第6話 仙台味噌
~伊達政宗とともに育った、武将の味噌~

北海道から津軽、南部、秋田へ。
全国味噌マップの旅は、宮城県仙台へやってきました。
今回出会う味噌は、
仙台味噌。
赤色で、しっかりした塩味。
大豆の旨味と熟成による深いコクを持つ、東北を代表する米味噌の一つです。全国味噌工業協同組合連合会も、仙台味噌を「赤色辛口みそ」の代表格として紹介しています。
しかし仙台味噌を調べていくと、その背景には一人の武将が現れます。
伊達政宗。
どうして戦国武将と味噌がつながるのでしょう。
今回の「なぜ?」は、
なぜ伊達政宗は、味噌づくりを大切にしたの?

ここから仙台味噌の旅を始めましょう。
🌾 花ちゃんの「なぜ?」
仙台城を見上げながら、花ちゃんが聞きました。
「ねえ、昔のお侍さんも味噌汁を飲んでいたの?」
もちろん。
でも当時の武将にとって、味噌は単に「おいしい味噌汁を作る調味料」ではありませんでした。
長期間保存できる。
塩分を含む。
大豆由来の栄養を摂ることができる。
そして水と具材があれば、温かい汁物にできる。
戦国時代の武将たちにとって、
米と味噌は重要な兵糧だった
のです。宮城県味噌醤油工業協同組合の歴史資料でも、戦国武将が兵糧として米と味噌を重視し、味噌を干したり焼いたりして携帯する工夫があったことが紹介されています。
花ちゃんがびっくりします。
「味噌って、武将にとっても大切な食べ物だったんだ!」
そうなんです。
伊達政宗と「傷みにくかった味噌」の伝承
仙台味噌には有名な逸話があります。
豊臣秀吉による朝鮮出兵の際、伊達政宗が持参した味噌は、夏場でも他藩の味噌に比べて変質しにくく、味も良かったため評判になった――というものです。
農林水産省、宮城県、宮城県味噌醤油工業協同組合が、仙台味噌の歴史としてこの伝承を紹介しています。
ここは歴史を扱ううえで大切なので、
「史実として完全に証明された話」ではなく、仙台味噌に伝わる歴史的な逸話
として読んでいただくのがよいでしょう。
それでも、この話から当時の味噌に求められていたものが見えてきます。
おいしいだけでは足りない。
遠くまで運べる。
長く保存できる。
そして兵士たちの食を支えられる。
味噌はまさに、
「食べる保存技術」
だったのです。
政宗がつくった「御塩噌蔵」
そして仙台味噌の歴史で、非常に重要なのが、
御塩噌蔵(ごえんそぐら)
です。
仙台藩を開いた政宗は、軍用などの味噌を自給するため、仙台城下に大規模な味噌醸造施設を設けたと伝えられています。
宮城県味噌醤油工業協同組合の資料には、政宗が専門家を登用し、御用味噌屋による製造体制を整えたことが記されています。農林水産省も、この御塩噌蔵を仙台味噌の始まりとして紹介しています。
ここが、麹屋として非常に面白いところです。
家庭で味噌を作るだけではない。
藩が必要とする味噌を、
計画的に、安定して、大量に作る。
つまり政宗は、味噌を「家庭の保存食」だけではなく、
藩を支える重要な食料
として見ていたのでしょう。
「武将の味噌」から「城下町の味噌」へ
ここから仙台味噌は、さらに面白い旅をします。
政宗が仙台城を築き、城下町を整備していく中で、味噌づくりも城下の産業として根づいていきました。仙台市博物館も、現在の仙台中心部には政宗時代から続く町名などが残り、現代の仙台の基礎が政宗によって形づくられたことを紹介しています。
つまり、
武将のための味噌
↓
藩のための味噌
↓
城下町の味噌
へと広がっていったのです。
そして仙台味噌の旅は、仙台だけでは終わりません。
次の目的地は――
江戸。
仙台味噌、江戸へ行く
17世紀半ばになると、江戸に常駐する仙台藩士のため、仙台藩の大井下屋敷でも味噌が造られるようになりました。
そこでは仙台から送られた大豆や米などを使い、仙台と同じ系統の製法で味噌を仕込んだとされています。
やがて余った味噌が払い下げられるようになり、江戸の味噌問屋を通じて庶民にも知られていきました。農林水産省は、これによって「仙台味噌」の名前が江戸に広まったと説明しています。
面白いですね。
北海道味噌では、
「人が移動すると、味噌も旅をする」
とお話ししました。
仙台味噌もまた旅をしていたのです。
ただし今回は、
仙台藩とともに江戸へ旅をした味噌。
味噌が地域ブランドとして遠く離れた江戸で知られていく、早い例の一つと見ることもできそうです。
では、仙台味噌はどんな味噌?

歴史から、味そのものへ戻りましょう。
伝統的な仙台味噌は、
大豆+米麹+塩
で作る米味噌です。
特徴は、
赤色系・辛口・長期熟成。
宮城県産業技術総合センターも仙台味噌を「長期熟成型の赤色系辛口米味噌」と説明し、他の米味噌に比べて麹歩合が低いことを特徴として挙げています。
ここで前回の秋田味噌と比べると、とても面白いことが分かります。
秋田味噌
米どころの特徴を生かして、比較的米麹を多く使う。
仙台味噌
大豆の割合が比較的多く、麹歩合を抑えた辛口の赤味噌。
同じ東北。
同じ米味噌。
それなのに、
味噌の設計が違う。
これこそ全国味噌マップを作る面白さです。
仙台味噌の麹歩合は?
ここは麹屋として、ぜひ詳しく見ておきたいところです。
仙台市の民俗文化財調査報告書には、仙台味噌について、
麹歩合6~8歩程度、塩分11~13%程度
という聞き取り記録があります。一般的な値として麹歩合6歩程度、塩分12.5%程度という記載もあります。
つまり、大豆1kgなら、
米麹600~800g程度。
前回の秋田味噌で紹介した「麹を多めに使う味噌」と比べると、大豆の存在感がぐっと大きくなります。
麹歩合が低ければ単純に「おいしくない」ということではありません。
むしろ、
大豆の旨味をどう引き出すか。
そこに仙台味噌らしさがあります。
なぜ赤くなるの?
仙台味噌のもう一つの特徴が、
赤い色。
味噌の色は、原料の種類だけで決まるわけではありません。
大豆の加熱方法、麹歩合、温度、熟成期間などが関係します。
熟成中には糖とアミノ酸などが反応するメイラード反応が進み、味噌の色が褐色方向へ変化します。宮城県味噌醤油工業協同組合も、味噌の色の違いとメイラード反応の関係を解説しています。
時間をかけて熟成する仙台味噌。
その赤い色は、
熟成してきた時間を目で見る一つの手がかり
とも言えますね。
🌾 麹屋から見た仙台味噌
ここまで全国を旅してきました。
北海道味噌では、
「人が移動すると、味噌も旅をする。」
津軽味噌では、
「時間も、味噌をつくる材料。」
南部味噌では、
「発酵の知恵は、暮らしの中から生まれた。」
秋田味噌では、
「土地で採れるものが、発酵文化をつくる。」
そして仙台味噌から感じるのは、
「味噌は、人を支える力だった。」
ということです。
戦国の時代。
遠くへ出陣する人々にとって、食べることは生きることそのものでした。
米がある。
味噌がある。
温かい汁が作れる。
今、私たちは味噌を「調味料」と呼びます。
でも昔の人たちにとって味噌は、
命をつなぐ食料でもあった。
だから政宗は、味噌づくりを大切にしたのかもしれません。
🗾 全国味噌マップに五枚目を追加!
No.05 仙台味噌
地域 宮城県・仙台地方
種類 米味噌
麹 米麹
色 赤色~赤褐色系
味わい 辛口・大豆の旨味・深いコク
麹歩合 伝統的な目安として6~8歩程度
塩分 伝統的な目安として11~13%程度
熟成 長期熟成型
歴史 伊達政宗・御塩噌蔵・仙台藩
キーワード 武将・兵糧・保存・城下町・江戸
今回の「なぜ?」は、
なぜ伊達政宗は、味噌づくりを大切にしたの?
その背景から見えてきたのは、
味噌が単なる調味料ではなく、人を支え、藩を支える大切な食料だったこと。
でした。
🌾 花ちゃん、仙台城を見ながら

「味噌って、お味噌汁を作るものだと思ってた……」
花ちゃんが味噌を眺めます。
「でも昔は、人を守る食べ物でもあったんだね。」
そうなんです。
一杯の味噌汁の向こう側には、
大豆を育てる人。
米を育てる人。
麹を作る人。
味噌を仕込む人。
そして、それを食べて生きる人がいる。
政宗の時代から400年以上。
時代は変わっても、
味噌が人の食を支えることは変わっていません。
これが、仙台味噌の物語です。
🌾 麹屋がおすすめする「仙台味噌」の仕込み

今回は、歴史資料にみられる仙台味噌の特徴を参考に、家庭でも仕込みやすい配合を考えてみましょう。
基本配合
米麹 800g
大豆 1kg
塩 450g
麹歩合は8割。
伝統的な仙台味噌の「大豆をしっかり感じる赤色辛口」という方向を意識した配合です。
熟成は、
1年以上を目標にじっくり。
春に仕込めば夏を越え、秋を迎え、さらに冬を越す。
時間とともに色が濃くなり、塩角が取れ、大豆と麹から生まれる旨味がまとまっていく変化を楽しみます。
なお、これは歴史的な仙台味噌の製法をそのまま再現するレシピではありません。
仙台味噌の特徴を参考に、麹屋として家庭で作りやすくアレンジした仕込み
としてご紹介します。
参考資料
農林水産省「仙台味噌」
宮城県「仙台味噌の歴史や美味しさの秘密」
宮城県味噌醤油工業協同組合「仙台みその長い歴史」
仙台市文化財調査報告書
次回予告
【第1章 北国の味噌】
第7話 会津味噌
~厳しい冬とともに育った、もう一つの長期熟成味噌~
仙台から、さらに南へ。
次に向かうのは福島県・会津地方です。
会津もまた、雪深い土地。
そして、じっくり時間をかけて育てる赤系の味噌文化があります。
ところが同じ「北国」「赤味噌」「長期熟成」でも、津軽、仙台、会津にはそれぞれ違う背景があります。
なぜ会津では、長期熟成の味噌が育ったのでしょう?
次回は、
「盆地の気候と保存食」
から会津味噌を訪ねます。
日本の味噌を、もう一度旅してみよう。

