第4話 南部味噌 大豆の旨味を大切にした、北国の味噌

【第1章 北国の味噌】

第4話 南部味噌

~大豆の旨味を大切にした、北国の味噌~

北海道から津軽へ。

前回訪ねた津軽味噌では、雪国の長い冬の中でじっくり熟成させる、

「時間も、味噌をつくる大切な材料」

というお話をしました。

さて、今回は少し南へ向かいます。

青森県東部から岩手県北部にまたがる、かつて「南部」と呼ばれた地域。

ここで出会うのが、

南部味噌です。

同じ北国の味噌なのに、調べてみると津軽とはまた違った味噌の物語が見えてきました。

今回のキーワードは、

「大豆」

そして、

「味噌玉」

です。


🌾 花ちゃんの「なぜ?」

昔の味噌づくりの写真を見ていた花ちゃん。

「ねえ、これ何?」

指をさした先にあったのは、大豆を丸めたようなもの。

「お団子みたいだけど……味噌?」

そう。

これが昔の味噌づくりに登場する、

「味噌玉」

です。

でも、どうしてわざわざ大豆を丸めたのでしょう?

今回は、ここから旅を始めましょう。


南部味噌って、どんな味噌?

北海道から津軽へ。

前回訪ねた津軽味噌では、雪国の長い冬の中でじっくり熟成させる、

「時間も、味噌をつくる大切な材料」

というお話をしました。

さて、今回は少し南へ向かいます。

青森県東部から岩手県北部にまたがる、かつて「南部」と呼ばれた地域。

ここで出会うのが、

南部味噌です。

同じ北国の味噌なのに、調べてみると津軽とはまた違った味噌の物語が見えてきました。

今回のキーワードは、

「大豆」

そして、

「味噌玉」

です。


🌾 花ちゃんの「なぜ?」

昔の味噌づくりの写真を見ていた花ちゃん。

「ねえ、これ何?」

指をさした先にあったのは、大豆を丸めたようなもの。

「お団子みたいだけど……味噌?」

そう。

これが昔の味噌づくりに登場する、

「味噌玉」

です。

でも、どうしてわざわざ大豆を丸めたのでしょう?

今回は、ここから旅を始めましょう。


南部味噌って、どんな味噌?

南部味噌は、青森県東部から岩手県北部など、旧南部地方に伝わってきた味噌文化です。

一般的には大豆の存在感が強く、赤色系で、しっかりとした旨味と塩味を持つ味噌として知られています。

今回最初にいただいた資料にも、

「大豆割合が非常に多く、香りが濃厚」

という特徴が紹介されていました。

ここが南部味噌を考えるうえで大切なところです。

米麹の甘さを前面に出す味噌とは違い、

大豆そのものの旨味を生かす。

南部味噌は、そんな北国の味噌の一つとして見ていきたいと思います。


そもそも「南部」ってどこ?

ここで少し地図を見てみましょう。

現在、「南部県」という県はありません。

歴史的な南部地方は、現在の県境を越えて青森県東部から岩手県北部などに広がる地域でした。

だから南部味噌を、

「青森県の味噌」

あるいは、

「岩手県の味噌」

と一つの県だけで考えると、その背景が少し見えにくくなります。

現在の都道府県ができるより前から、人々は味噌を仕込み、食べ、作り方を伝えてきました。

全国味噌マップを作るうえで面白いのは、こういうところです。

味噌文化の境界線と、現在の県境は必ずしも同じではない。

味噌を追いかけていると、昔の日本の暮らしの地図まで見えてくるのです。


「味噌玉」って何だろう?

昔の味噌づくりでは、煮たり蒸したりした大豆をつぶし、丸めたり塊にしたりして、乾燥・発酵させる方法が各地にありました。

これが一般に、

「味噌玉」

と呼ばれるものです。

南部地方でも、味噌玉は暮らしの中に存在していました。

青森県史には、旧南郷村に伝わったなぞなぞとして、

答えが「味噌玉」になるものまで記録されています。

なぞなぞになるほどですから、当時の人たちにとって味噌玉は、説明しなくても姿を思い浮かべられる身近なものだったのでしょう。

これは面白いですね。

味噌づくりが、

特別な「発酵食品づくり」ではなく、暮らしの風景そのものだった

ことが伝わってきます。


なぜ、大豆を丸めたのでしょう?

花ちゃんの最初の疑問に戻りましょう。

なぜ、大豆をそのまま仕込まず、わざわざ丸めたのでしょう。

ここは少し慎重に考える必要があります。

味噌玉を作る目的や方法は、地域や時代によって異なります。

したがって、

「南部地方では必ずこの方法だった」

と一つに決めつけることはできません。

ただ、蒸したり煮たりした大豆を塊にし、乾燥させたり微生物の働きを利用したりしてから仕込むという方法は、冷蔵庫も温度管理設備もない時代に生まれた発酵の知恵でした。

人は微生物を見ることはできなくても、

「こうすると味噌になる」

「この時期に作るとうまくいく」

という経験を何世代にもわたって積み重ねてきたのでしょう。


麹屋として「味噌玉」を見ると面白い

ここは、麹屋としてとても興味があります。

現在、私たちが味噌を仕込むときには、きちんと製麹した米麹や麦麹、豆麹を使います。

種麹を使い、温度を管理し、麹菌を育てる。

ところが昔の味噌づくりには、現在のような設備もありません。

それでも人々は、

季節、温度、湿度、乾燥、微生物

とうまく付き合いながら味噌を作ってきました。

「発酵」という言葉も、「微生物」という言葉も知らなかった時代からです。

これを考えると、

昔の人は、目に見えない菌の働きを暮らしの中で理解していた

とも言えるのではないでしょうか。


北国では、大豆が大切な保存食だった

南部地方の食文化を見るうえで、もう一つ欠かせないのが大豆です。

寒い冬を越すには、保存できる食料が必要でした。

大豆は乾燥させれば長く保存でき、味噌にすればさらに日々の食事に利用できます。

味噌汁にする。

野菜を煮る。

鍋に使う。

ご飯のお供にする。

大豆を味噌にすることは、単においしい調味料を作るだけではありません。

大豆の栄養を一年を通して食卓へつなぐ知恵

でもあったのでしょう。

現在の岩手県でも、地域の大豆を使った味噌づくりを次世代へ伝える活動が続いています。岩手県の農業普及事業では、盛岡農業高校の生徒が地域の「南部黒平豆(雁喰豆)」などを使って味噌を仕込み、郷土料理とともに食文化を学ぶ取り組みが行われています。

昔の味噌づくりが、形を変えながら今へ受け継がれているのですね。


南部の食卓と味噌

岩手の郷土料理といえば、

「ひっつみ」

をご存じの方も多いでしょう。

小麦粉を水でこねた生地を「ひっつまんで」鍋に入れることから、この名前になったとされる料理です。

また、豆や野菜を使った汁物など、寒い土地ならではの温かな料理もあります。

現在も岩手県では、ひっつみ作りと味噌仕込みを一緒に学ぶ食文化伝承の取り組みが行われています。

寒い日に湯気の立つ汁物を囲む。

そこに味噌がある。

全国の味噌を巡っていると、

気候と料理と味噌は、やはり切り離せない

ことに気づきます。


🌾 麹屋から見た南部味噌

北海道味噌では、

「人が移動すると、味噌も旅をする。」

津軽味噌では、

「時間も味噌をつくる材料。」

ということを感じました。

そして南部味噌から感じるのは、

「発酵の知恵は、暮らしの中から生まれた。」

ということです。

味噌玉を作った昔の人たちは、発酵学を勉強していたわけではありません。

でも、

この季節になったら大豆を煮る。

つぶす。

丸める。

乾かす。

そして待つ。

それを繰り返しながら、

「こうすれば、おいしい味噌になる」

という知恵を次の世代へ渡してきました。

麹屋を長くやっていると、発酵は科学だと感じます。

でも同時に、

発酵は、人が自然と付き合いながら積み重ねてきた経験でもある。

南部味噌は、そのことを思い出させてくれる味噌です。


🗾 全国味噌マップに三枚目を追加!

No.03 南部味噌

地域 青森県東部~岩手県北部を中心とする南部地方

種類 米味噌を中心とした味噌文化

色 赤色系

味わい 大豆の旨味、濃厚な香り、しっかりした味わい

注目ポイント 大豆を大切にする食文化と味噌玉

キーワード 大豆・保存食・味噌玉・北国の暮らし

今回の「なぜ?」は、

なぜ大豆を丸めて「味噌玉」にしたの?

その答えを探して見えてきたのは、

設備のない時代に、自然と微生物の力を利用して味噌を作ってきた人々の知恵

でした。


🌾 花ちゃん、味噌玉を見つめて

「昔の人って、菌が見えないのに、どうして作り方が分かったんだろう?」

本当にそうですね。

温度計もない。

発酵器もない。

種麹について今ほど科学的な知識もない。

それでも味噌は作られてきました。

おばあちゃんからお母さんへ。

親から子へ。

そして次の世代へ。

レシピではなく、

暮らしそのものとして受け継がれてきた味噌づくり。

南部味噌の向こう側には、そんな日本の発酵文化が見えてきました。


次回予告

【第1章 北国の味噌】

第5話 秋田味噌

~米どころ秋田は、なぜ麹をたっぷり使うのか~

次は秋田県へ。

良質な米の産地として知られる秋田では、味噌にも米麹を比較的多く使う文化が育ちました。

北国の味噌なのに、麹由来の甘い香りが感じられる。

なぜなのでしょう。

次回は、

「米どころと麹歩合」

という視点から秋田味噌を訪ねてみましょう。

日本の味噌を、もう一度旅してみよう。


鈴木こうじ店

創業百五十余年の伝統と職人の技術で、皆様の美味しい発酵ライフをサポートいたします。

無断転載・コピーを禁ず

南部味噌は、青森県東部から岩手県北部など、旧南部地方に伝わってきた味噌文化です。

一般的には大豆の存在感が強く、赤色系で、しっかりとした旨味と塩味を持つ味噌として知られています。

今回最初にいただいた資料にも、

「大豆割合が非常に多く、香りが濃厚」

という特徴が紹介されていました。

ここが南部味噌を考えるうえで大切なところです。

米麹の甘さを前面に出す味噌とは違い、

大豆そのものの旨味を生かす。

南部味噌は、そんな北国の味噌の一つとして見ていきたいと思います。


そもそも「南部」ってどこ?

ここで少し地図を見てみましょう。

現在、「南部県」という県はありません。

歴史的な南部地方は、現在の県境を越えて青森県東部から岩手県北部などに広がる地域でした。

だから南部味噌を、

「青森県の味噌」

あるいは、

「岩手県の味噌」

と一つの県だけで考えると、その背景が少し見えにくくなります。

現在の都道府県ができるより前から、人々は味噌を仕込み、食べ、作り方を伝えてきました。

全国味噌マップを作るうえで面白いのは、こういうところです。

味噌文化の境界線と、現在の県境は必ずしも同じではない。

味噌を追いかけていると、昔の日本の暮らしの地図まで見えてくるのです。


「味噌玉」って何だろう?

昔の味噌づくりでは、煮たり蒸したりした大豆をつぶし、丸めたり塊にしたりして、乾燥・発酵させる方法が各地にありました。

これが一般に、

「味噌玉」

と呼ばれるものです。

南部地方でも、味噌玉は暮らしの中に存在していました。

青森県史には、旧南郷村に伝わったなぞなぞとして、

答えが「味噌玉」になるものまで記録されています。

なぞなぞになるほどですから、当時の人たちにとって味噌玉は、説明しなくても姿を思い浮かべられる身近なものだったのでしょう。

これは面白いですね。

味噌づくりが、

特別な「発酵食品づくり」ではなく、暮らしの風景そのものだった

ことが伝わってきます。


なぜ、大豆を丸めたのでしょう?

花ちゃんの最初の疑問に戻りましょう。

なぜ、大豆をそのまま仕込まず、わざわざ丸めたのでしょう。

ここは少し慎重に考える必要があります。

味噌玉を作る目的や方法は、地域や時代によって異なります。

したがって、

「南部地方では必ずこの方法だった」

と一つに決めつけることはできません。

ただ、蒸したり煮たりした大豆を塊にし、乾燥させたり微生物の働きを利用したりしてから仕込むという方法は、冷蔵庫も温度管理設備もない時代に生まれた発酵の知恵でした。

人は微生物を見ることはできなくても、

「こうすると味噌になる」

「この時期に作るとうまくいく」

という経験を何世代にもわたって積み重ねてきたのでしょう。


麹屋として「味噌玉」を見ると面白い

ここは、麹屋としてとても興味があります。

現在、私たちが味噌を仕込むときには、きちんと製麹した米麹や麦麹、豆麹を使います。

種麹を使い、温度を管理し、麹菌を育てる。

ところが昔の味噌づくりには、現在のような設備もありません。

それでも人々は、

季節、温度、湿度、乾燥、微生物

とうまく付き合いながら味噌を作ってきました。

「発酵」という言葉も、「微生物」という言葉も知らなかった時代からです。

これを考えると、

昔の人は、目に見えない菌の働きを暮らしの中で理解していた

とも言えるのではないでしょうか。


北国では、大豆が大切な保存食だった

南部地方の食文化を見るうえで、もう一つ欠かせないのが大豆です。

寒い冬を越すには、保存できる食料が必要でした。

大豆は乾燥させれば長く保存でき、味噌にすればさらに日々の食事に利用できます。

味噌汁にする。

野菜を煮る。

鍋に使う。

ご飯のお供にする。

大豆を味噌にすることは、単においしい調味料を作るだけではありません。

大豆の栄養を一年を通して食卓へつなぐ知恵

でもあったのでしょう。

現在の岩手県でも、地域の大豆を使った味噌づくりを次世代へ伝える活動が続いています。岩手県の農業普及事業では、盛岡農業高校の生徒が地域の「南部黒平豆(雁喰豆)」などを使って味噌を仕込み、郷土料理とともに食文化を学ぶ取り組みが行われています。

昔の味噌づくりが、形を変えながら今へ受け継がれているのですね。


南部の食卓と味噌

岩手の郷土料理といえば、

「ひっつみ」

をご存じの方も多いでしょう。

小麦粉を水でこねた生地を「ひっつまんで」鍋に入れることから、この名前になったとされる料理です。

また、豆や野菜を使った汁物など、寒い土地ならではの温かな料理もあります。

現在も岩手県では、ひっつみ作りと味噌仕込みを一緒に学ぶ食文化伝承の取り組みが行われています。

寒い日に湯気の立つ汁物を囲む。

そこに味噌がある。

全国の味噌を巡っていると、

気候と料理と味噌は、やはり切り離せない

ことに気づきます。


🌾 麹屋から見た南部味噌

北海道味噌では、

「人が移動すると、味噌も旅をする。」

津軽味噌では、

「時間も味噌をつくる材料。」

ということを感じました。

そして南部味噌から感じるのは、

「発酵の知恵は、暮らしの中から生まれた。」

ということです。

味噌玉を作った昔の人たちは、発酵学を勉強していたわけではありません。

でも、

この季節になったら大豆を煮る。

つぶす。

丸める。

乾かす。

そして待つ。

それを繰り返しながら、

「こうすれば、おいしい味噌になる」

という知恵を次の世代へ渡してきました。

麹屋を長くやっていると、発酵は科学だと感じます。

でも同時に、

発酵は、人が自然と付き合いながら積み重ねてきた経験でもある。

南部味噌は、そのことを思い出させてくれる味噌です。


🗾 全国味噌マップに三枚目を追加!

No.03 南部味噌

地域 青森県東部~岩手県北部を中心とする南部地方

種類 米味噌を中心とした味噌文化

色 赤色系

味わい 大豆の旨味、濃厚な香り、しっかりした味わい

注目ポイント 大豆を大切にする食文化と味噌玉

キーワード 大豆・保存食・味噌玉・北国の暮らし

今回の「なぜ?」は、

なぜ大豆を丸めて「味噌玉」にしたの?

その答えを探して見えてきたのは、

設備のない時代に、自然と微生物の力を利用して味噌を作ってきた人々の知恵

でした。


🌾 花ちゃん、味噌玉を見つめて

「昔の人って、菌が見えないのに、どうして作り方が分かったんだろう?」

本当にそうですね。

温度計もない。

発酵器もない。

種麹について今ほど科学的な知識もない。

それでも味噌は作られてきました。

おばあちゃんからお母さんへ。

親から子へ。

そして次の世代へ。

レシピではなく、

暮らしそのものとして受け継がれてきた味噌づくり。

南部味噌の向こう側には、そんな日本の発酵文化が見えてきました。


次回予告

【第1章 北国の味噌】

第5話 秋田味噌

~米どころ秋田は、なぜ麹をたっぷり使うのか~

次は秋田県へ。

良質な米の産地として知られる秋田では、味噌にも米麹を比較的多く使う文化が育ちました。

北国の味噌なのに、麹由来の甘い香りが感じられる。

なぜなのでしょう。

次回は、

「米どころと麹歩合」

という視点から秋田味噌を訪ねてみましょう。

日本の味噌を、もう一度旅してみよう。


鈴木こうじ店

創業百五十余年の伝統と職人の技術で、皆様の美味しい発酵ライフをサポートいたします。

無断転載・コピーを禁ず

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です