受け継がれる発酵のバトン
麹の世界 第17話
麹は未来へ
~受け継がれる発酵のバトン~

150年以上続いてきた麹屋

鈴木こうじ店は、慶応元年に創業しました。
それから150年以上、静岡の地で麹を育て続けてきました。
「どうして、そんなに長く続けることができたのですか?」
時々、そう聞かれることがあります。
けれど、その答えは一つではありません。
先代から受け継いだ技術。
地域の皆さんとのつながり。
お米を届けてくださる方、種麹屋さん、大豆や塩の仕入れ先。
そして、鈴木こうじ店の麹を使い続けてくださったお客様。
多くの人の力とご縁が重なり、今日まで続けてくることができました。
麹屋の歴史は、店だけの歴史ではありません。
地域の暮らしと、人々の食卓に支えられてきた歴史でもあるのです。
父から受け継いだもの
私は33歳で、父から六代目の麹屋を引き継ぎました。
病院で約11年間、リハビリテーションの仕事に携わっていた私にとって、麹屋の仕事は新しい挑戦でした。
父が残してくれたのは、工場や道具だけではありません。
麹を見る目。
香りや手触りから変化を感じ取ること。
毎日休まず、菌と向き合う姿勢。
そして、良い麹をお客様へ届けようとする職人の心でした。
父は多くを言葉にする人ではありませんでした。
それでも、黙々と働くその背中から、私はたくさんのことを教わったのだと思います。
六代目として重ねた35年
父の後を継いだばかりの頃は、思うような麹ができず、何度も悩みました。
同じお米、同じ種麹を使っても、毎回同じ麹ができるわけではありません。
気温や湿度、お米の水分量、蒸し加減。
さまざまな条件が重なり合って、その日の麹が育ちます。
そんな私を支えてくださったのが、種麹屋さんでした。
菌の性格や温度管理、季節ごとの注意点を教えていただきながら、少しずつ自分なりの麹づくりを身につけてきました。
父から受け継いだ経験。
種麹屋さんから学んだ知識。
そして、数えきれないほどの失敗と試行錯誤。
そのすべてが重なり、今の鈴木こうじ店の麹があります。
静岡市に10軒あった麹屋
私が先代から店を引き継いだ頃、静岡市の麹組合には10軒の麹屋が加盟していました。
それぞれの麹屋が地域に根づき、味噌や甘酒、麹を通して、人々の暮らしを支えていました。
農家の方が自分で育てたお米を麹屋へ持ち込み、麹にしてもらう。
その麹を使って、一年分の味噌を仕込む。
かつて麹屋は、地域の発酵を支える身近な存在でした。
しかし、暮らしや食生活が変わる中で、少しずつ麹屋の数は減っていきました。
今では、静岡市の麹屋は4軒になってしまいました。
「麹屋は日本の文化だから」
今でも忘れられない言葉があります。
ある麹屋さんが廃業される時、私たちにこう話してくださいました。
「麹屋は日本の文化だからね。皆さん、少しでも長く麹屋を続けてください。」
その言葉は、今も心に残っています。
その方は、自分の店がなくなる寂しさだけを話していたのではありません。
麹屋が減ることで、日本の発酵文化そのものが失われていくことを心配されていたのだと思います。
麹屋は、ただ商品を作って販売する仕事ではありません。
味噌、醤油、甘酒、日本酒、みりん。
日本の食文化を支える麹を育て、その知恵を次の世代へ残す仕事です。
あの言葉を聞いた時、私は改めて、麹屋という仕事の責任と大切さを感じました。
七代目が歩き始めた新しい道
現在、鈴木こうじ店の製造と販売は、息子夫婦が中心となって担ってくれています。
長男が七代目として店を継ぎ、夫婦で新しい時代の麹屋をつくろうとしています。
新しい設備。
インターネットを使った販売。
SNSでの情報発信。
時代が変われば、麹屋の仕事の形も変わります。
私は、その変化をとても心強く感じています。
伝統を守るということは、昔とまったく同じことを続けるだけではありません。
変えてはいけないものを大切にしながら、時代に合わせて変化していく。
それが、本当の意味で受け継ぐことなのだと思います。
私の新しい役目
以前の私は、麹を作ることが一番の仕事でした。
今は、製造や販売を息子夫婦へ任せ、味噌教室や発酵教室を中心に活動しています。
35年間の経験を伝えること。
発酵の楽しさを知っていただくこと。
手作り味噌や甘酒を、日々の暮らしに取り入れていただくこと。
そして、このブログを通じて、麹や発酵文化の奥深さを多くの方へ届けること。
それが、今の私の役目です。
お店を受け継ぐだけが、文化の継承ではありません。
家庭で味噌を仕込むこと。
子どもと一緒に甘酒を作ること。
地域の発酵食を知ること。
その一つひとつも、立派な発酵文化の継承だと思っています。
全国で頑張る麹屋さんへ
全国には今も、それぞれの地域で麹を育て続けている麹屋さんがいます。
代々受け継いできた店を守る方。
新しい商品や教室に挑戦する方。
地域の味噌文化を残そうと努力する方。
皆さん、それぞれの場所で日本の発酵文化を支えています。
麹屋は決して楽な仕事ではありません。
季節や天候によって麹の状態は変わり、同じものを作り続けることの難しさがあります。
それでも、麹を通して人を笑顔にし、日本の食文化を未来へつなげられる、本当に素晴らしい仕事です。
全国で頑張っている麹屋の皆さん。
これからも、それぞれの地域の麹文化を大切にしながら、一緒に未来へ進んでいきましょう。
これから麹屋を目指す方へ
このブログを読んでいる方の中には、
「いつか麹屋をやってみたい」
「発酵を仕事にしたい」
「地域の食文化を守りたい」
と考えている方もいるかもしれません。
その思いを、ぜひ大切にしてください。
麹づくりは、生き物を相手にする仕事です。
教科書どおりにいかないこともあります。
失敗することもあります。
それでも、一粒のお米に白い花が咲き、立派な麹へ育った時の喜びは、何度経験しても特別なものです。
私が35年間経験してきたことが、これから麹屋を目指す方や、発酵文化を伝えたい方の力に少しでもなれば、これほど嬉しいことはありません。
一人で抱え込むのではなく、同じ思いを持つ仲間と学び合いながら進んでいきましょう。
麹は、人と文化を未来へつなぐ
この「麹の世界」を書き続ける中で、改めて感じたことがあります。
麹は、お米を発酵させるだけのものではありません。
農家さんと麹屋をつなぎます。
種麹屋さんと醸造家をつなぎます。
家族の食卓と、地域の文化をつなぎます。
そして、過去から受け継いだ知恵を未来へつないでくれます。
麹菌は、目には見えないほど小さな存在です。
しかし、その小さな菌がつないできた世界は、とても大きなものです。
父から私へ。
私から七代目へ。
そして、味噌教室や発酵教室の生徒さん、ブログを読んでくださる皆さんへ。
発酵のバトンは、これからも少しずつ広がっていきます。
まとめ
慶応元年から続く鈴木こうじ店の歴史は、多くの人に支えられてきた歴史です。
父から受け継いだ技術と心。
種麹屋さんから教わった知識。
家族や地域の皆さんとのつながり。
そして、店を閉じる時に残してくださった、
「麹屋は日本の文化だから、少しでも長く続けてください。」
という言葉。
私は、その思いも一緒に未来へ渡していきたいと思っています。
全国で麹屋を続けている皆さん。
これから麹屋を始めたい方。
発酵文化を伝えていきたい方。
それぞれの立場から、一緒に未来へ向かって歩いていきましょう。
麹は、一粒のお米の上で育ちます。
けれど、その小さな一粒の向こうには、人の思いがあり、地域の文化があり、未来があります。
私はその未来を信じて、今日も麹室の扉を開けます。
🌾 米の花ちゃんのひとこと
「麹は、お味噌や甘酒を作るだけじゃないんだね。
家族の思いも、地域の文化も、昔から受け継がれてきた知恵も、未来へつないでくれるんだ。
全国の麹屋さんも、これから麹屋を目指す人も、発酵を伝える人も、みんな同じ仲間。
私も一緒に、発酵のバトンを未来へ届けていくね!」
第一章 完結
麹の世界
~発酵を支える、小さな菌の大きな物語~
第1話では、「麹とは何者なのか」という小さな疑問から物語が始まりました。
麹菌のお仕事。
種麹屋さんとの出会い。
蒸米の上で白い花が咲く3日間。
酵母や乳酸菌との発酵リレー。
納豆菌との違い。
父から受け継いだ麹づくり。
そして、麹を支えてくださるたくさんの人たち。
小さな麹菌から始まった物語は、人と人をつなぎ、地域と文化をつなぎ、未来へと続く大きな物語になりました。
第一章を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
「麹の世界」の旅は、これからも続きます。

