33歳、六代目麹屋の挑戦
麹の世界 第14話
父の背中を追いかけて
~33歳、六代目麹屋の挑戦~

「まさか、自分が麹屋になるなんて。」
子どもの頃から、麹は私のすぐそばにありました。
朝起きれば、蒸したお米の湯気。
工場いっぱいに広がる麹の香り。
父が黙々と麹を育てる姿。
それは、私にとって当たり前の風景でした。
でも、若かった私は、家業とは違う道を選びます。
体育系の大学へ進み、卒業後は静岡市内の病院で約11年間、リハビリテーションの仕事に携わりました。
「人の健康を支えたい。」
そんな思いで働く毎日でした。
あの頃は、自分が麹屋になるとは思ってもいませんでした。
突然訪れた転機
33歳のとき、父が突然亡くなりました。
頭の中が真っ白になりました。
悲しむ時間も十分にはありません。
家族、お店、お客様…。
守らなければならないものが、目の前にありました。
私は病院を退職し、六代目として麹屋の道を歩み始めました。
父のようにはできない
工場に立つと、改めて父の偉大さを知りました。
父が作る麹は、本当に美しい。
総ハゼの白い麹。
香り。
手触り。
温度の見極め。
どれも簡単には真似できません。
何度挑戦しても、父の麹には届きませんでした。
「どうして、同じようにできないんだろう。」
そんな日々が続きました。
麹は毎日違う

さらに困ったのは、麹には「昨日と同じ」がないことでした。
気温。
湿度。
お米の状態。
季節。
同じように仕込んでも、毎回少しずつ違います。
教科書どおりにはいかない。
その難しさに、何度も悩みました。
支えてくれた家族
そんな私を支えてくれたのは、家族でした。
母は父と一緒に長年麹づくりを支えてきた経験がありました。
そして妻も、
「一緒に頑張ろう。」
と、自然に隣に立ってくれました。
一人ではありませんでした。
だから前を向くことができました。
種麹屋さんの言葉
困ったとき、相談したのは種麹屋さんでした。
すると、こんな言葉をいただきました。
「鈴木さん。
お父さんと同じ麹を作ろうとしなくてもいいですよ。」
私は驚きました。
「鈴木さんには、鈴木さんの麹があります。
まずは、麹菌がしっかり働く麹を育てましょう。」
その言葉で、肩の力が抜けました。
私は父のコピーになる必要はない。
父から受け継いだものを大切にしながら、自分自身の麹を育てればいい。
そう思えるようになったのです。
少しずつ、自分の麹へ
失敗を重ねながら、
一つひとつ学びました。
温度の見方。
香りの違い。
麹菌の表情。
毎日の積み重ねが、少しずつ自信につながっていきました。
そして気がつけば、35年。
今では、息子夫婦が七代目として店を守ってくれています。
父の背中は、今も目標です
父のような麹を作りたい。
その気持ちは、今も変わりません。
でも今は、それだけではありません。
父から受け継いだものに、
私が学んだことを加え、
さらに次の世代へ渡していくこと。
それが六代目としての役目だと思っています。
まとめ
33歳で始まった麹屋人生。
決して順風満帆ではありませんでした。
でも、
父が残してくれた技術。
家族の支え。
種麹屋さんとの出会い。
そのすべてが重なって、今の私があります。
麹づくりは、一人ではできません。
人とのつながりがあるからこそ、150年以上続く鈴木こうじ店の麹は、今日も育ち続けているのです。
🌾 米の花ちゃんのひとこと
「お父さんの背中って、大きいんだね。
でも、追いかけるだけじゃなくて、自分らしい麹を育てることも大切なんだ。
六代目の挑戦があったから、今の鈴木こうじ店があるんだね!」
次回予告
麹の世界 第15話
**「100点の麹を目指さない
~種麹屋さんが教えてくれた、本当の麹づくり~」**
「完璧な麹なんてありませんよ。」
35年前、種麹屋さんからいただいたこの言葉は、今でも私の心に残っています。
100点を取ることではなく、100点を目指し続けること。
その考え方が、私の麹づくりを大きく変えました。
次回は、鈴木さんがこれまで何度も語ってこられた**「100点の麹を目指すのではなく、100点を目指し続ける」という麹づくりの哲学**をテーマにしたいと思います。

