麹菌さん、お米のお家へ引っ越します!
麹の世界 第3話
麹菌さん、お米のお家へ引っ越します!
~蒸米との運命の出会い~

「いよいよ、新しいお家へ出発!」
「麹菌さんって、普段はどこにいるの?」
前回のお話では、種麹屋さんが大切に育てた麹菌が、全国の麹屋や酒蔵へ届けられていることをご紹介しました。
でも、種麹の中にいる麹菌は、まだ眠っているような状態です。
その麹菌が元気に活動を始めるためには、新しい「お家」が必要になります。
そのお家こそが、**蒸したお米(蒸米)**なのです。
今日は、麹菌さんがお米のお家へ引っ越す日。
麹づくりの第一歩、「種付け」の様子をご紹介します。
麹菌が住めるのは、生米ではありません
「お米なら、どれでもいいのでは?」
そう思われる方も多いかもしれません。
しかし、生のお米では麹菌は元気に育つことができません。
お米はとても硬く、水分も十分ではないため、麹菌の菌糸が入り込めないのです。
そこで麹屋では、お米を一晩水に浸し、しっかり吸水させます。
そして、大きな蒸し釜でじっくり蒸し上げます。
蒸すことで、お米はふっくらとやわらかくなり、麹菌が育つための最高の住まいへと変わるのです。
「炊く」のではなく、「蒸す」理由
家庭では、お米は炊いて食べるのが普通です。
では、なぜ麹づくりでは「蒸す」のでしょうか。
理由は、水分の量にあります。
炊いたご飯は水分が多く、粘りがあります。
この状態では、お米同士がくっつきやすく、空気が通りません。
一方、蒸したお米は表面がさらりとして、一粒一粒がしっかりしています。
適度な水分を保ちながら、麹菌が呼吸できる空間も確保できるため、元気に育つことができるのです。
麹菌も私たちと同じように、呼吸をする生き物。
空気がある環境が、とても大切なのです。
熱いままでは住めません
蒸し上がったばかりのお米は、100℃近くあります。
「早く麹菌をまけばいいのでは?」
実は、それでは麹菌は生きていけません。
熱すぎるお米の上では、麹菌は死んでしまいます。
そこで、蒸米を広げて適温まで冷ましていきます。
その日の気温や湿度を見ながら、およそ35℃前後まで下げるのが理想です。
毎日同じように見えても、気候によって冷める速さは違います。
ここにも、麹屋ならではの経験が生かされています。
種付け ― 麹菌がお米のお家へ
いよいよ「種付け」の時間です。
細かな粉状の種麹を、蒸米全体へ均一に振りかけます。
まるで雪が静かに降り積もるような、美しい光景です。
この作業で大切なのは、どのお米にもまんべんなく麹菌が届くこと。
一粒だけにたくさん付いても、付かないお米があっても、良い麹には育ちません。
そのため、種をまきながら丁寧に混ぜ合わせていきます。
これが「種付け」です。
ここから麹菌とお米の共同生活が始まります。
麹菌さんの新しい暮らし
種付けが終わると、麹菌はお米の表面に落ち着きます。
やがて水分を吸い、目を覚まし、少しずつ菌糸を伸ばし始めます。
「こんにちは、お米さん。」
「これからよろしくね。」
そんな声が聞こえてきそうです。
お米も静かに答えます。
「どうぞ、私の中で元気に育ってください。」
ここから約3日間。
麹菌は、お米の中へ少しずつ菌糸を伸ばしながら、酵素を作り始めます。
発酵の物語は、ここから本格的に動き出すのです。
麹屋にとって、一番大切な瞬間
私は35年間、何千回も種付けをしてきました。
それでも、この瞬間になると少し緊張します。
種麹をまく手。
蒸米の温度。
お米の状態。
湿度や季節。
そのすべてが、これから3日間の麹の出来栄えを左右するからです。
種付けは、ただ粉をまく作業ではありません。
麹菌へ「よろしくお願いします」と願いを込める、大切なスタートなのです。
まとめ
麹菌は、蒸したお米という新しい住まいを得て、初めて元気に育ち始めます。
その出会いを支えるのが、
- 蒸し加減
- 水分
- 温度
- 種付け
という、麹屋の長年の技術です。
おいしい味噌や甘酒、醤油や日本酒は、この小さな「出会い」から始まっています。
🌾 米の花ちゃんのひとこと
「種付けって、ただ粉をまくだけじゃないんだね!
麹菌さんがお米のお家へ引っ越す、大切なスタートだったんだ!」
次回予告
麹の世界 第4話
「麹菌さん、大忙し! ~麹室は眠れない~」
種付けを終えた麹菌さんは、お米の中で少しずつ活動を始めます。
ところが、元気に育ち始めると、自分で熱を出し始めるのです。
真夜中でも温度を確認し、麹菌と向き合う麹屋の仕事とは――。
次回は、普段は見ることのできない麹室(こうじむろ)の3日間をご案内します。

